ロシアのジャーナリストの調査で、今年3月に英ソールズベリーで起きた元スパイ暗殺未遂事件の容疑者が、ロシア軍の情報機関であるロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のトップスパイだった可能性が濃くなっているが、この結論に至る調査費用がわずか数千ユーロだったというから驚きだ。独『ヴェルト』紙によると、ロシアの汚職体質がその背景にあるという。
この暗殺未遂事件は今年3月に起きた。当初からメイ英首相は「ロシアが事件の影にある」と批判していたが、その根拠は明らかでなく、ロシア当局は「ぬれ衣」と反発していた。
事件解明に向けた進展はみられず、ようやく動き始めたのは先月5日、英警察による容疑者の発表からだった。容疑者はロシア人男性2人。発表によると、事件前々日にロンドンに到着して宿泊、翌日、ソールズベリーに日帰りで出かけた。移動時間が往復で5時間もかかるのに、ソールズベリーには2時間しか滞在していない。事件当日の11時58分に元スパイ宅近くの防犯カメラに2人の姿がとらえられたが、午後にはロンドンからモスクワに飛行機で出発した。警察は、ソールズベリーを訪れる観光客が通常、ストーンヘンジに足を伸ばすことなどを挙げ、2人の動きが観光客としては不自然だと指摘した。搭乗時に使ったペトロフとボシロフの名は偽名だとしたが、本名は発表しなかった。
ロシア側はこれを受けて、問題の2人とされる男性のインタビュー番組を国営テレビで放映し、「ホモのカップルで英国には栄養剤を買いに行った」、「2人とも国教会の聖堂が好き(ソールズベリー大聖堂を観に行った)」という談話を公表した。
ここで、ロシアのオンライン雑誌「インサイダー」のドボロホトフ編集長が動き出した。英調査報道機関「べリングキャット」と共同で調査・取材に当たり、「極秘」スタンプのある「ボシロフ」の旅券データや、過去2年間の「ペトロフ」の旅行データなどを矢継ぎ早に公表。この2人がGRUのチェピガ大佐とミシューキン軍医であると結論付けた。また、2014年にプーチン大統領からロシア最高の栄誉称号「ロシア連邦英雄」を授与されていたとした。
さて、1カ月もたたないうちに調べがついてしまったわけだが、その背景には「金を出せば極秘情報も手に入る」ロシアの現実があるようだ。パスポートや転出入などのデータにアクセスできる公務員が100ドルで個人情報を売ったりしているという。
『ヴェルト』紙でもデータバンク名でネット検察してみたところ、情報を売り買いするフォーラムがすぐに見つかった。ロシア人の出入国データが約50ユーロ、国内バス・航空旅行(国内移動)に関するデータはこれよりやや安い。年末年始は特別価格で50%引きということもあるという。
ドボロホトフ編集長は自らデータは買わず、インターネットで見つけた過去のデータバンク(自動車登録、保険、住民登録など)で得た情報を分析し、関係者に取材した。このため、費用は数千ユーロで済んだという。べリングキャットは軍医のケースについて「データを買っていない」と表明したものの、大佐については言及していない。いずれにしても、通常なら入手できない情報が、ロシアでは比較的容易に手に入るということは確からしい。
ロシア政府は「2人の身元判明」という報道に「誰が誰に似ているという論議には参加しない」と苦しい立場表明を行う一方で、連邦保安庁(FSB)に情報の漏れ口を捜査させているという。すでにパスポート情報の入手は難しくなっており、本来あるべき姿とは言え、ジャーナリストの取材も難しくなりそうだ。