豪シンクタンクのオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)はこのほど、東欧地域への関与を深めようとする中国に対しバルト3国が距離を置き始めているとするレポートを公表した。人権問題をめぐる中国の反発や米国との同盟関係を踏まえると、経済支援をちらつかせて浸透を図る中国への傾斜は国益を損なうとの判断だ。一方、中国政府はバルト3国の「離反」を早々に見越していた実態もある。
過去10年間、中国は中東欧への大型投資を通して地域諸国との協力関係を強化し、バルト3国を含む東欧地域に大きく浸透してきた。中国と中東欧諸国の首脳会議「17+1」を軸に結びつきはさらに強化され、一見大きな障害は存在しないかのように見える。しかし、欧州連合(EU)の政府関係者は、中国共産党がEU諸国の間の亀裂を深めるために資金や技術力を使う可能性があることに懸念を示している。こうした中、中国への傾斜を明確に否定し始めたのがエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国だ。
これらの国で強まる中国に対する懸念はそれぞれの情報当局が発表する年次報告に表れている。伝統的にこうした戦略文書は隣国の大国ロシアに注目してきたが、現在では中国の脅威にも言及するようになっている。またバルト3国の首脳は今年の「17+1首脳会議」への出席を見送ることで中国の習近平主席を軽視する格好をみせた他、リトアニア議会は同首脳会議から脱退することで合意し、逆に台湾への接近を呼び掛けている。
背景には中国首脳部が連携を図ろうとする相手国の政府を蔑ろにしており、特に人権問題に少しでも触れると激しく反発するという事実がある。バルト諸国に所在する中国大使館のサイトはこぞって、中国は誤解されていると主張する見解を掲載し、3国の各政府は冷戦時代の思考から脱却すべきだとの主張を展開している。例えばエストニア政府が出したある報告書に対し現地の中国大使館は、「エストニアの対外諜報組織に対し、間違った表現を事実と真実に基づき修正するよう求める」とのコメントを出している。またリトアニア議会が中国の人権侵害を議論した際には、中国大使館は中国を中傷することを意図する「反中国的な人々による茶番劇」だとして議論をやめるよう求めた。そうした外交慣例上不作法ともいえる広報戦略をとることでかえって反発を招き、バルト諸国は中国に懐疑的になってしまった。以前は経済的利益のために人権問題を分けて扱おうとしていた政府関係者も、中国と道を同じくすることはもはや考えていないようだ。それに対し中国は同諸国の多くの外交官に対し制裁措置を課している。
中国側は地政学的にもライバルである米国が同地域で果たしている役割を誤解していた可能性がある。バルト3国は北大西洋条約機構(NATO)の東の脇腹だが、米国の戦略的な重みを正しく評価するのは難しい。過去20年間のバルト諸国の外交政策上の行動様式は、同盟のリーダーである米国にできるだけ寄り添うというものだった。それを考えると、エストニアが華為技術(ファーウェイ)の国内市場からの排除についてEU加盟国として最初に米国と合意し、ラトビアとリトアニアがそれに続いたのは偶然ではない。3国は地政学的な利益に敏感になっており、中国がバルト地域に入り込むのはさらに難しくなっている。
2019年にニューヨークタイムズ紙が暴露した中国政府の内部文書によると、習近平主席はバルト諸国の歴史に精通していることがわかる。ある演説で習主席は3国に言及し、同諸国はソ連で最も発展した国々であったが最初にソ連を脱退することになったと述べ、これら3国が、中国が主導する「17+1首脳会議」から脱退しようとしていることは中国の首脳部にとり驚きに値しないと述べた。経済的な誘因だけでは協力関係は永続しないということだ。