9月に動員令が発令されて以来、ロシアで婚姻数が急増している。市民婚の手続きを担当する公務員には土日も休めない人もあるほどだ。突然結婚する人が増えた背景にはどんな事情があるのだろうか。
ウラル山脈のふもとの百万都市エカテリンブルクに住むアナさんは「結婚していなくても、愛と尊敬でつながりあえる」と考えてきた。しかし、動員令を機に8年間付き合っている彼と結婚することにした。もしも彼が兵隊にとられたら、法的な妻でないと彼の居所や、元気でいるかどうかを当局に尋ねることさえできないからだ。
国外脱出を考える人にも結婚が広まっている。サンクトペテルブルクのマルクさんは、2月の開戦直後に友だちがたくさん故郷をあとにしたのを経験した。自分も移住することを考えて、彼女と相談し、結婚することにした。多くの国で婚姻相手の入国が認められているほか、企業のなかには家族の引っ越しに手当を支給するところもあるからだ。今はジョージアで彼女が来るのを待っている。
ノヴォシビルスクから東南に約270キロほどいったところにある小さな町、ヴェロボに住むヴァシリ・ティモフェイェフさん(35)の例は変わっている。召集令状を手に「じきに死ぬかもしれない」と思った彼は、ロシア版フェイスブック「Vコンタクテ」に「結婚相手募集」と投稿した。「特別作戦は危険な任務で、神の思し召しがあれば帰ってこられる。でも、そうでない場合、公的な給付金が国や財団の懐に入れられるのはいやだ。その代わり、この町に住む女性の生活を助けたい」という内容だ。
召集時に記入した書類によれば、遺族は最高20万ユーロ相当の給付が受けられる。ロシア、それも南シベリアの田舎では大金だ。「もしものことがあったとき、自分のことをいい意味で思い出してくれる人があればと思った」という。
ティモフェイェフさんの投稿には数十人の女性が「立候補」した。しかし、冗談の応募が多く、ようやく10人目で電話が通じた。相手は3人の子どもを一人で育てているナデシュダさんだった。ナデシュダさんはヴェロボの出身で、夫を鉱山事故で亡くした。ティモフェイェフさんもそこで働いていた経験がある。
ティモフェイェフさんは、ナデシュダさんが「いい人だ」と話すが、パートナーではなく、あくまでも「自分がひょっとしたら力になれるかもしれない人」を探したと断っている。