欧米による経済制裁で生まれた需要に乗り、ビジネスを築いている人がいる。ロシア人のオレグ・シロタさん(28)がそれで、欧州産チーズが禁輸となったのを機に情報技術(IT)業界からチーズ製造業に鞍替えしたのだ。
シロタさんはもともとIT中堅企業を経営していた。稼ぎはよく、モスクワに分譲マンションを持ち、ベンツ車とトヨタ車に乗っていた。そう、あの日までは全て順調だった。
シロタさんはその日、スーパーで好物のエメンタールチーズを探したが、品切れで手に入れられなかった。2014年夏、プーチン大統領が報復制裁として欧州産農産物の輸入を禁止したためだ。「大統領のしたことは正しい」と信じるシロタさんだが、エメンタールチーズは食べたい。もともと農学部を卒業したが農業に将来性がないと判断してIT企業を起こした経緯がある。そして決意した。「やるなら今しかない!」
決断も早ければ行動も早い。IT企業、マンション、マイカーを売り払い、銀行から12万ユーロを借金してモスクワの北西約60キロ、ドブロフスコエ村の外れに安く土地を借りた。簡素なチーズ工場「ロシアン・パルメザン」が稼動したのは1カ月後の2015年夏だった。
「味のないロシアのチーズ」と異なる「本物のチーズ」をめざし、ネットコミュニティで助けを求めた。それに応えたのがセルゲイ・ネドレツォフさん(45)だった。
ネドレツォフさんはドイツのヴィースバーデンにあるチーズ工場で乳製品テクノロジストとして10年働いていた。しかし、シロタさんの意気込みに感動し、何と家族をドイツに置いてドブロフスコエ村へ引っ越してきてしまった。
朝早くからやることが沢山あり、なかなか休めない。しかし、その甲斐はある。毎週土曜日の販売日にはモスクワなどから客が集まる。多いときは200人に上り、ハードチーズを除くと全て予約販売だ。注文を受けても「納期」は早くて晩夏、冬になることも多いという。
目下の課題は良質な牛乳の調達だ。なかなか思うような牛乳に出会えず、ついに「内製化」を決意した。乳牛、搾乳機、トラクターの購入費として銀行から50万ユーロを借りた。
今探しているのは、協力してくれる牛農家だ。シロタさんは「スイスかドイツの人がいいな、いろいろ良く知ってるからね」と話す。
外交関係以外では西も東も気にしないようだ。シロタさんはビジネスチャンスのお礼として独アルゴイ地方が原産の「ベルクケーゼ」1個(通常15キロ以上)を贈る予定という。「大統領には一番いいものじゃないとね」というのが理由だ。
そして、禁輸措置の期限が2017年末から延長され、ロシア人がチーズの自給自足を達成できるまで続くことを願っている。