旧ユーゴスラビアにおける民族対立は、内戦が収まって15年以上が経過した今日でも水面下でくすぶり続けている。和平の継続を支えてきた米国がトランプ新体制下で同地域における存在感を弱めた場合、欧州連合(EU)がその役割を引き継ぐことになるが、務めを果たすのは生易しいものではない。
ヨハネス・ハーン欧州東方拡大委員は旧ユーゴ地域を「フライパンいっぱいに熱した油」に例え、「マッチ一本で火の海」になると警鐘を鳴らす。中でも、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、コソボ、マケドニアの4カ国が震源になるのではと危惧される。
ボスニア・ヘルツェゴビナでは、同国を構成するセルビア系の「スルプスカ共和国」が懸念の的だ。ドディク共和国大統領は昨年9月、スルプスカ共和国独自の「建国記念日」がボスニア憲法裁判所で違憲と判断されたことに反発し、「国民投票」で住民に賛否を問うた。結果は99%以上が「建国記念日」の維持に賛成で、ナショナリズムの高揚が地域の安定を揺るがすと懸念が強まった。
ドディク大統領はこの例に限らず、ボスニアからの独立を目指す行動がみられ、オバマ米大統領は任期も終わりに近い1月半ばに同大統領に対する制裁措置を発動した。EUの外交担当者も事実上、外交関係を断っている状況だ。
ボスニア戦争を終結させたデイトン和平合意では、ボスニア・ヘルツェゴビナをセルビア人、クロアチア人、ボシャニャク人(イスラム教徒)から成る国家と規定している。しかし、国家が機能を果たしているとは言えず、誰もがこの体制を「暫定的な解決」ととらえている。
かろうじてEU加盟の可能性が将来の希望となっていたが、EUが新規加盟に慎重となり、実現の見通しは暗い。米国が「秩序維持」の役から下りれば欧米の影響力は弱まる。ロシアが民族間対立をあおるなかでは心もとない状況だ。
セルビアとコソボの対立は、コソボ独立をセルビアが認めていないことにある。先月中旬にはコソボ紛争で中止した両国間の鉄道運行を再開することが予定されていたが、その記念すべき1本めの列車の車体には、セルビアの国旗色を背景に21カ国語で「コソボはセルビア」と書かれていた。コソボは国内での運行を妨げるため、国境に警察官を結集し、セルビアは衝突を避けるために越境前に列車を止まらせた。セルビアのヴチッチ首相は「戦車を送ったわけではない」とうそぶいたが、これがコソボを挑発することは分かり切ったことだ。首相はこのほかにも、セルビア人の多く住むコソボ北部で戦争への不安をあおったり、今月にはEUが仲介する「セルビア・コソボ対話」を「意味がない」と発言したり、自らが出馬する4月の大統領選挙を視野に入れて姿勢を強硬化している。
それもそのはずで、セルビア国民のうち、コソボ独立容認派はわずか8%にしかならない。「コソボをめぐる対立で兵士として戦う」覚悟のある人は10%にとどまっていることがわずかな慰めだ。
セルビアは正式なEU加盟候補国だが、加盟にはコソボ問題での合意が必要で、現状を踏まえれば解決の糸口はみえない。セルビアでもEUの求心力は弱まっていることが懸念を深めている。
マケドニアは2年前に盗聴事件、選挙操作、言論の自由および裁判官の抑圧――といった事実が発覚して以来、混乱が続いている。昨年12月にはEUが仲介して議会の前倒し選挙が行われたが、いまだに組閣が成っていない。
国民の希望するEUへの加盟も、欧州委の交渉開始勧告が出された2009年以来、ギリシャが拒否権を行使しているために足踏み状態だ。ギリシャは、マケドニアの国名が自国のマケドニア地方と同じで領土問題を発生させかねないとして、国名変更を求め続けている(マケドニア呼称問題)。
加盟交渉に入れない状況ではEUがマケドニアに影響力を行使するのは難しく、ここでも力不足が懸念されている。