中東欧の「優等生」の影~スロバキア

中東欧の「優等生」とみられてきたスロバキアで、ジャーナリストが殺害される事件が起きた。政権与党「方向・社会民主主義(スメルSD)」と企業、イタリアのマフィアの癒着の実態を取材していたことが背景にあると推測される。事件を機に、カリニャーク内相の収賄疑惑や、フィツォ首相の不透明な交友関係に対する国民の不満は爆発し、キスカ大統領が「大規模な内閣改造か議会の前倒し選挙」を公に要求するなど、政界が揺らぎ始めている。

犠牲となったのはスイス・ドイツ合弁の中東欧メディア大手リンギエ・アクセル・シュプリンガーの現地ニュースサイト「アクテュアリティ.sk」のヤン・クチアク記者(27)とその婚約者だ。先月25日、ブラチスラバに近いヴェルカー・マチャにあるクチアク記者の自宅で銃殺されていたのが見つかった。その手口から、マフィアの仕業と断定された。

死後発表されたクチアク記者の書きかけの記事は、「マフィア『ンドランゲタ』に関係するイタリア人4家族が、スメルSDに所属する政治家や首相府に身内を送り込み、政府・欧州連合(EU)助成金を着服したことが疑われる」という内容だった。警察は記事に名前が出た者も含めて7人を逮捕したが、「法で認められた拘束時間中に事件とのつながりを示す証拠が得られなかった」として全員釈放されている。

クチアク記者はまた、実業家マリアーン・コチュネル氏の大規模な脱税疑惑を追っていた。昨年9月には同氏に対する訴訟を起こしたが、裁判所での手続きは進まなかった。先月9日に同氏に関する最後の記事を発表した後、「コチュネル氏から脅迫を受けた」と警察に届けたときも、何の保護も受けられなかったという。

コチュネル氏は、ラディスラフ・バシュテルナーク氏の建設会社にも関係しているらしい。このバシュテルナーク氏の手がけた高級集合住宅「ボナパルト」ではフィツォ首相がアパートを賃貸している。また、カリニャーク内相が以前保有していた会社はバシュテルナーク氏と取引があった。さらに、カリニャーク内相自身も、収賄疑惑の渦中にある。

政府が暗殺行為を非難し、犯人捜査に全力をあげると約束しても、国民が信頼できない背景にはこのような事情がある。

以前からカリニャーク内相の辞任を要求していたマレク・マジャリチ文化相(スメルSD)は28日、「自らの任期に記者が暗殺されたのはやりきれない」とコメントして辞職。スメルと連立を組むハンガリー少数民族政党「橋(MOST-HID)」は、12日までに内相が辞任しなければ、連立協力を見直すと予告している。

欧州議会はEU助成金をめぐる不正の可能性を重くみて、全党派から成る調査団を7日から3日間の日程で派遣した。

フィツォ首相はキスカ大統領の要請について、「連立に関する事項は連立与党が決めること。議会を解散するかどうかは議会が決めること。大統領には何の権限もない」と拒否する態度を鮮明にしている。また、昨秋に大統領が「ハンガリー系の投資家ソロス氏と会見した」と主張し、「今回の嘆かわしい事件を利用し、スロバキアの政治体制を脆弱化させようとする陰謀に加担するもの」と批判した。

ただ、ジャーナリストの殺害に国民のショックは大きく、フィツォ政権への視線は厳しくなっている。状況がどう動くか、予想するのは難しい。

一方で、スロバキアを知る企業関係者は「司法国家の体裁は整っているが、法の執行に問題がある」とし、暗殺事件が起こる地盤の存在を指摘している。

マットレス用の布地・カバーなどを製造するドイツの中堅企業ボデート&ホルストのホルスト社長は、現地生産の経験を踏まえ、「スロバキアは底なし沼だ。殺人が起こっても不思議はない。特定の人間には近づかないほうが安全」と語る。同社は10年前、スロバキア生産を始めたが、社内関係者による調達品の割り増し請求やリサイクル材料の横流し、果ては機械盗難などで大きな赤字を計上。会社全体が倒産の危機に直面しているという。

不正行為の証拠はそろっているが、検察当局の捜査はなかなか進まない。ホルスト社長はその陰に、政治家と企業のゆ着があると推測する。

ドイツ・スロバキア商工会議所のグラニア会頭は、「公には出てこないが、スロバキアに幻滅している中堅企業はほかにもある」と話す。特に、司法制度と汚職対策では迅速な改善が望まれるという。法律は存在するが、運用に不備があり、犯罪行為が十分に処罰されていないのが現状のようだ。

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