最近、電気オーブンや目覚ましラジオ、暖房設備についている時計が遅れているのに気づいた方はないだろうか?実はこれ、お宅だけではなく、欧州25カ国で起こった現象なのだ。時計が壊れたわけではないので、まずは安心しよう。
欧州ではスペインからトルコ、ポーランドからオランダまで、25カ国が送電網を接続する欧州大陸系統が運営されている。これらの地域の送電会社の協議会である欧州電力系統事業者ネットワーク(ENTSO-E)によると、1月半ば以来の恒常的な電力不足で周波数が標準の50ヘルツより低い49.996ヘルツに低下しているのが、欧州規模で時計が遅れた理由だ。約7週間で6分狂ったという。
周波数と時計の関係だが、電気製品に内蔵されている時計は、時を計るための自前の「振り子」を持たず、電源の周波数で時間を合わせている。周波数は1秒間に繰り返す変化(波)の回数を表わす。つまり、50ヘルツに対応した内蔵時計は、波が50回来ると1秒進むようにできている。だから、50回来るのに1秒以上かかると、次第に遅れてしまうのだ。
普段はぶれがあっても一時的だし、周波数が低くなるだけではなく高くなったりすることもあるから、自然に補正されて時計が大きく狂うことはない。しかし、今回は違う。というのも、コソボとセルビアの対立が不足の原因だからだ。
コソボはセルビアとの戦争を経て、2008年に一方的に同国からの独立を宣言した。しかし、セルビアは依然として独立を認めていない。このため、欧州レベルではセルビアの送電網運営会社EMSが、セルビア・コソボ地域の電力網を管轄する形となっている。
一方で、コソボの電力システムは独立宣言後も近代化が進まず、国内需要をまかなうのが難しくなっている。これに加え、北部のセルビア人が多く住む4つの地方自治体はコソボ戦争が停戦した1999年以来、コソボに電力料金を払っていない。2015年に取り決められた解決案もセルビアが実施を阻んでいる。
このような背景の下、コソボは許可をとらずに送電網への電力供給量を113ギガワット時減らした。「セルビアがそういう姿勢なら、こっちにもやり方がある」といったところだろう。欧州全体からすればごくわずかで、電力の安定供給に支障はない。しかし、時計の遅れという形で問題が顕在化した。
EMSは、コソボ側の行動を非難するとともに、コソボが3日から電力供給量を戻したと発表。以来、時計は普通に動いている。しかし、「セルビアとコソボが普通に話し合えない」関係にあるという、根源の問題は未解決だ。
セルビアもコソボも欧州連合(EU)加盟を目指しているが、これには両国間の「関係正常化」が条件とされている。しかし、政治的な対立が今回のような枝葉の問題に波及するようでは、正常化への道のりは険しそうだ。