経済のグローバル化が進むなか、欧州のトラック輸送も増え続けているが、これを支える運転手の多くが欧州連合(EU)以外の出身者であることをご存じだろうか。EU市場の統合で運輸業界に誕生したダンピング・システムが広まっているためだ。これを禁止する法律も存在するが、管轄当局の人手不足で大規模な摘発ができず、「無法地帯」に似た状況となっている。
あるEU加盟国の企業が他のEU加盟国に従業員を送り出すことは自由だ。しかし、社会保険料や有給休暇など、社会政策は各加盟国に決定権がある。この「ずれ」を利用して、ポーランドやハンガリー、ルーマニア、チェコ、スロバキアなど東欧の加盟国に籍を置く運送業者が、EU外から運転手を雇用して西欧で働かせ、厚生面では良くても自国水準で最低の待遇にとどめている。西欧の運輸大手も賃金ダンピングのために東欧子会社を設立しているというから、仕掛けは大がかりだ。
例えば、ウクライナ人のピルネフさん(35)は妻と10歳の息子を置いて、年8カ月は出稼ぎに出る。2カ月働いて1カ月休むサイクルで、手取り月給は最大1,800ユーロ。休んでいるときは収入はない。でも、ウクライナの最低賃金は月額100ユーロに過ぎず、大変だけれど稼ぐためにやっているのが現状だ。
ピルネフさんの働く会社はポーランドに籍を置き、ポーランドの最低賃金である約500ユーロ分の社会保険料しか納めていない。有給休暇も疾病手当ても、老後の年金受給もない。
ほとんどの運転手は、休憩時間や車外での宿泊といった規定も守っていない。トラックのキャビンで生活し、駐車場にいても一人でいる人が多いという。「現代のノマド(移動民)」と呼ばれるゆえんだ。
本来、EUの法律によれば、駐在員などは働いている現地の水準の賃金を受け取ることになっている。これは運転手でも同じで、西欧で仕事をしている以上、西欧の賃金水準に従った賃金をもらう権利がある。ただ、違反が摘発されなければ絵に描いた餅に過ぎず、比較的検査が厳しいベルギーの警察官は雇用主が「罰金も経費のうちと開き直っているようすだ」と話す。
この賃金ダンピングで誰が一番得をしているかといえば、西欧の大手企業に他ならない。例えば、自動車産業の国境を越えたサプライチェーンを支えているのは確実な運輸システムだ。大手企業は運送業務を業者に委託しているが、運送業界関係者によれば「どこに発注するかは価格が決め手」という。車両や燃料などは経費が削減できないから、人件費を抑えるようになる。
欧州議会の動向をみても、規制厳格化に反対するのは東欧諸国だけではない。西欧の保守派もその列に加わっている。この点からも、解決策を考えるには、国にとらわれず、誰が得をし、誰が損をしているのかを見極めていく必要があるだろう。