ウクライナではこの新学期から5年生以上の授業でウクライナ語の使用が義務付けられた。年初に成立した法律の施行を受けたもので、公用語をめぐる議論が改めて熱を帯びている。
ウクライナは歴史的経緯から、異なる言語を話す少数派を多く抱える。特にロシア系の国民が多く、2001年の国勢調査では約30%が「ロシア語が母語」と回答していた。これを踏まえて、今までは、大方、ロシア語のみで子どもを教育することが認められてきた。
しかし、この9月から状況は変わった。5年生以上で授業の8割をウクライナ語で行わなければならなくなったのだ。ただし、ウクライナ固有の民族であるクリミア・タタル人などは例外として、母語での教育が認められる。
また、ポーランド語やスロバキア語など欧州連合(EU)公用語を母語とする少数派については、ウクライナ語の授業の割合を5年生で2割、最終学年で6割に抑えた。実施時期も2023年に延期された。今回の措置が「ロシア人差別」と批判されている所以だ。
ウクライナ語の強制に反対しているのはロシア系ばかりではない。キエフ国際社会研究所が2月に実施した聞き取り調査では、回答者の73%が「少なくともロシア語地域ではロシア語で教育が受けられるようにすべき」と考えている。
さらに、ゼレンスキー大統領はもともと、穏健な言語政策を掲げていた。それなのに、なぜ、今回の措置なのか――背景には、右翼勢力の存在がある。
これらの右翼は少数派ながら、大統領官邸前のデモに多く参加し、大統領にとっては無視できない存在になりつつある。ロシアとの国交正常化など、重要政策をめぐる騒ぎを大きくしないための「融和策」が学校でのウクライナ語強化というわけだ。
しかし、言葉をめぐる問題はいつでもウクライナで言語グループ間の対立を引き起こしてきた。右翼への譲歩がウクライナに「同胞」を持つ周辺諸国との外交関係悪化、議会における親ロシア野党の勢力拡大、支持層の失望につながるリスクは大きい。
政治的議論が激化する一方、当事者である生徒や親たちに目を向けると、実は「ウクライナ語強化」をあまり気にかけていない。というのも、年配層を中心にウクライナ語ができない教師が多く、ウクライナ語地域でさえ、授業の「ウクライナ語化」が難しいためだ。法律が発効しても、当面、これまでの状況が続くと踏んでいる。