地獄の沙汰も金次第~ロシア

ロシア政府の医療・保健支出削減で、必要な治療が受けられない患者が増えている。国内メーカー支援策として欧米からの医薬品・医療機器の輸入が制限されて品不足となっている上、保健当局が医薬費の負担を拒否しているためだ。お金持ちは外国で治療を受けられるが、それが出来ない普通の人々は何とか自力で費用を集めるしかない。

ロシア政府の医療・保険支出は2014年に前年比12.8%減の893米ドルと、日本(3,703ドル)の4分の1以下だった。クリミア半島併合、シリア内戦、来年開催のサッカー世界選手権(W杯)と歳出が膨らむなかで、憲法で保障されているはずの「医療を受ける権利」がないがしろにされている。

その影響をまともに受けている一人が、リンパ腺がんを患うナタリア・ティモヒナさん(26)だ。最近、プーチン大統領が国民の質問に答える生中継番組が放映された際、支援を訴えようと電話をかけ続けた。しかし、大統領と話すことは出来ず、番組スタッフの指示で地元紙が「寄付の呼びかけ」とティモヒナさんの連絡先を掲載しただけで終わった。

ティモヒナさんは2015年9月にがんの診断を受けた。武田薬品の悪性リンパ腫治療剤「アドセトリス(一般名:ブレンツキシマブベドチン)」の点滴を16回受けるのが通常の治療法だが、1本当たり1万ユーロを自分で払わなければならない。

1回目はプーチン大統領へ嘆願と苦情の手紙を計4本送った結果、地元保健当局が「例外的」に費用を持った。2回目は「命の贈り物」財団に出してもらった。しかし、この財団が支援するのは25歳までで、26歳の誕生日以降、ティモヒナさんは対象外となった。

他の財団の助けも得られなかったティモヒナさんはソーシャルネットワークを通じて募金を集めている。闘病の記録を公開するほか、自分で作った部屋飾り「幸せの木」を賞品とする宝くじ(くじ1本=100ルーブル=約1.5ユーロ)を売ったりして3回目の点滴代金が貯まった。しかし、4本目からがどうなるかはわからない。

ティモヒナさんのようながん患者は、医療費を支援する財団が頼みの場合が多い。財団側は「助けたいのは山々だが、資金に限りがある」のが現実という。子どもは比較的数が少なく、多くの場合、支援が受けられるが、大人は難しい。サンクト・ペテルブルグのアドヴィタ財団では高額の医薬品が必要な大人の患者4万人のうち、500人分を負担するのが精一杯という。

こんな状況のなか、金持ちには外国で治療を受ける道が残っている。本当に皮肉なのは、ヨシフ・コブゾン国会議員がミラノでのがん治療を理由にイタリアの特別ビザを得た事実だろう。彼は欧州連合(EU)の制裁対象となっている人物の一人で、本来ならばEU域内には入れない。人道的観点から特別に入国が許可されたようだが、お金がない人には人道的処遇を受けるチャンスもない。まさに「地獄の沙汰も金次第」だ。

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