ロシアのある大都市で暮らす弁護士のヴラディミルさん(仮名)は3年前に父親になった。女の子の赤ちゃんに親戚一同、大喜びした。おじいさんの代から男の子しか生まれていなかったからだ。80歳になるヴラディミルさんのおばあさんまで加わって、皆で子育てをしているという。
ところが、この幸せに暗雲がたちこめてきた。というのも、代理母出産で生まれた赤ん坊を何人も預かっていたアパートで今年1月、乳児の一人が突然死したからだ。引き取り先(親)がいたにもかかわらず、ほかの子どもたちは当局によって児童院に入れられてしまった。
この事件を発端に当局は他の代理母出産についても「組織的な人身売買」容疑で捜査を始め、容疑者を逮捕するまでに至った。
ヴラディミルさんはこのニュースに青ざめている。というのも、彼は同性愛者で、病院を通じてウクライナ人の代理母と契約して子を授かったからだ。「これまで直接、同性愛者の差別にあったことはない。ロシアで生きていきたいが、どうしようもなくなったら外国に移住する。行き先として従姉妹や友達のいるドイツを考えている」と話す。
逮捕された人の多くは、代理母関連の司法コンサルティングを提供する「ロスユルコンサルティング」および、代理母の選定・健康管理・宿泊手配などを手がける「欧州代理母センター(ECSM)」の従業員だ。ロスユルコンサルティングのスヴィトニエフ社長の話によると、当局は「親の精子や卵子を使わずに生まれた他人の子を依頼主に渡していた」ことを証明して「人身売買罪」を立件したい姿勢という。ただ、親子かどうかは遺伝子検査で証明できる。
それなのに捜査が進められているのは、当局の本当の目的が「親が同性愛者かどうか」を確かめることにあるためと推測される。スヴィトニエフ社長によると、ロスユルコンサルティングの顧客に警察が電話をかけて任意出頭を求めたり、私生活について尋ねたりする例が報告されている。同社長は、出頭命令が来るまで警察に赴かないこと、私生活についての質問に答えないこと、そして遺伝子検査を行い肉親である事実を証明する書類を用意しておくよう、顧客に呼び掛けている。