余白一滴

アジア方面から欧州に流入する難民のフロントが南はトルコから北はバルト諸国まで広がっている。トルコは以前からの流入経路だが、ベラルーシの独裁者ルカシェンコがEUに対するハイブリッド戦争の一環として移民を自国に呼び寄せ国境を接するEU加盟国に送り込もうとしているためだ。リトアニアとポーランドは対抗策としてにわかに壁を構築している。壁はブルガリアとギリシャが対トルコ、トルコが対シリア、イランで設置しており、欧州は緩やかながら要塞化し始めているという印象だ。

大陸では人の移動が歴史に大きな痕跡を残してきた。学術用語で「海の民」と呼ばれる人々は紀元前12世紀の東地中海地域に甚大は被害をもたらし、人類初の文明崩壊の一因となったとされる。西ローマ帝国滅亡の最大の原因は民族大移動である。

ローマ帝国はゲルマン人の侵入を防ぐため2世紀に、欧州版万里の長城とも言うべき「リーメス」をライン川とドナウ川を結ぶ北方の辺境地域(現在のドイツ)に建設した。ボンの南からレーゲンスブルクの東に至る約550キロの長い壁であり、ユネスコの世界遺産になっている(フランクフルト北方のタウヌス山地にはリーメス付随の城砦を復元した博物館がある)。

リーメスは国境としての機能を長く、果たしていたが、国力低下とゲルマン人の成長を背景に260年に放棄された。

現在の欧州の「長城」はいつまで存続するのだろうか。壁が不要な世の中となって取り払われることが望ましいと思っているが、気候の変化や各地の不安定化など難民が発生しやすい現在の状況は複合危機で最初の文明が崩壊した時代に似ており、問題を抜本的に解決しない限り事態が改善することは恐らくないだろう。

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