大統領の転向~セルビア

コソボ戦争から20年近く、こう着し続けてきた「セルビア・コソボ問題」で、セルビアのヴチッチ大統領の「方針転換」が波紋を呼んでいる。大衆紙『ブリツ』への寄稿で、「現実から目をそらさず、過去に失ったものは必ずしも取り戻すことができない事実を認めなければ」と書き、コソボ問題の解決を望む外国からは大喝采を浴びた。一方で、国内のリベラル派はナショナリスト政治家として出世した大統領の過去から、「口先だけ」と懐疑的。右派と正教会からは「裏切者」とののしられている。

そもそもコソボは旧ユーゴスラビア連邦セルビア共和国の自治州だった。独立をめぐって1996~99年にセルビアと交戦、停戦後、2008年に一方的に独立を宣言した。ただ、現在では111カ国がコソボを承認し、同国がセルビアと別に存在している事実は疑う余地がない。

セルビア側は、コソボ戦争時に受けた傷に加え、コソボが「セルビア揺籃の地」とされ、民族的アイデンティティーに深く根付いていることから、コソボを手放すことを断固拒否してきた。

しかし、欧州連合(EU)加盟を目指すセルビアは、「コソボ問題を解決する」という条件をクリアしなければならない。そこで、加盟を公約するヴチッチ大統領の発言が「現実路線への転換か」と注目を集めたわけだ。

しかし、ダチッチ外相がまとめたコソボ分割案は◇セルビア系住民が多数を占める北部はセルビアに割譲◇残る地域に住むセルビア系住民に大きな自治権を与える――を骨子としている。諸外国は1990年代初めのバルカン紛争ぼっ発以来、「国境線の維持」を基本方針としており、外相案はこれに真っ向から対立する。

国境線を一つ動かせば、辛くも維持されているバルカン半島の安定が揺るがされかねない。コソボ北部併合を認めれば、セルビアが同じ理由でボスニア・ヘルツェゴビナのスルプスカ共和国割譲を要求することになりかねない。

アルバニア人の民族国家建設を目指す「大アルバニア主義」が再び目覚め、アルバニアと、アルバニア系住民が4分の1を占めるマケドニアとの関係が悪化することも考えられる。

セルビア・コソボ問題がこじれている一因は、あるきっかけが地域全体の安定を脅かす可能性を秘めていることにあるのだ。解決に向けては、ある意味、皆が「外れくじ」を引いて「平和」という当たりを手に入れようという共通理解が必要なのだろう。

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