エルドアン大統領は、トルコ移民の多いドイツでも対立の種となっている。今回はヘッセン州の州都であるヴィースバーデンで開催された隔年芸術祭「ビエナーレ」が舞台となった。今年のテーマ「バッド・ニュース(悪い報せ)」に沿い、芸術祭組織委員会の企画で町の中心に位置する「ドイツ統一広場」に8月27日、高さ4メートルの金のエルドアン像が設置されたのだ。
これがエルドアン支持派・反対派に大きな刺激を与え、溝の深さを見せつけることになった。反対派が像に「トルコのヒトラー」、「くたばれ!(Fuck you)」と落書きしたり、緑の陰茎(ペニス)を股間の左にぶらさげたりする一方で、トルコ国旗を手に像の前で記念写真を撮る支持者が続出。両者の応酬がエスカレートするのを警戒し、警官100人が警護に当たった。
ソーシャルメディアでは政党・政治家の声明も相次いだ。右翼「ドイツのための選択肢(AfD)」は「既成政党が移民政策に失敗したというシンボルにふさわしい」とコメント。保守系キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の青年組織「ユンゲ・ウニオーン」は、反民主的なトルコ人を「厳しく取り締まる」よう求めた。ヘッセン州のプトリヒ欧州相(CDU)は「この男(=エルドアン)は台の上に立つ資格も、金色に身を包む資格もない」と反エルドアンの姿勢を明確にした。
「金のエルドアン」をめぐる空気が張り詰めてきたのを受けて、翌28日には市政当局が展示継続の是非を審議し、この像が「政治宣伝ではないと認定し、基本法(憲法)で定められた芸術の自由に含まれる」と判断し、一旦は継続が決まった。
しかし、その晩には200~300人が像の付近に集まり、「激しい言葉の応酬があり、ややピリピリした雰囲気」(警察)となり、「次第につかみ合いとなり、刃物も押収され」(フランツ副市長=秩序政策担当)る事態となった。クルド人グループがソーシャルメディアを通じて反エルドアン集会を組織しているという情報もあり、最終的には「州警察の勧め」(同副市長)で深夜に像を撤去した。
ビエナーレの企画・組織・運営を担当したキュレーターのルーデヴィヒ氏は、「金のエルドアン」設置の狙いを「様々な意見を呼び起こし、開かれた議論の機会を提供する」ことにあったと説明する。芸術祭の枠内で参加者をまきこんだ討論会も実施する予定だった。ただ、この像の持つ影響力は理解しており、制作した芸術家の名は伏せている。
市当局の撤去判断が妥当だったかどうかの結論は出せない。ただ、ドイツでは27日、ケムニッツの極右デモで外国人に対する無差別暴行事件が起きたばかり。対立の暴力化を警戒する気持ちが勝ったとしても理解できる。
一方で、意見を交換し、ぶつけ合う場が必要なのも確かだ。理解しあうことはできなくても、実際に顔を見て話すことが人と人の距離を縮めることになる。そして、民主主義者を自認するのであれば、「人」を否定してはならない。「人」と「行為」を切り離し、「行為」を判断の基準とするよう一人一人が心がけていく必要があるだろう。