ルーマニアとウクライナの間にあるモルドバ共和国。その中に紛争地域があることをご存じだろうか。ドニエストル川東岸、ウクライナ国境沿いにある「沿ドニエストル共和国」がそれだ。モルドバ共和国の国土の約12%を占め、1991~92年の武力衝突以来、モルドバ政府の実効支配が及んでいない。
「沿ドニエストル共和国」はソ連解体に伴う独立宣言に先立ち、モルドバ社会主義共和国(当時)がモルドバ語を唯一の公用語とするなどの民族主義的政策を打ち出したため、ロシア系・ウクライナ系住民が反発し「建国」された。ロシア軍がこれを支援したのは言うまでもない。
沿ドニエストル問題は小康状態が続いているが、ロシアが絡む地域紛争が起こると余波が及ぶ。ロシア政府がクリミア半島を併合した2014年にも緊張が高まった。18世紀にロシア帝国が併合したウクライナ南部(黒海北岸)を指す「ノヴォロシア(新ロシア)」の概念が持ち出されたためだ。「ノヴォロシア」が復活してロシア領になれば、沿ドニエストルはロシアと国境を接する。これが帰属問題に発展するのは避けられないとみられた。
幸いにも懸念は実現せず、クリミア半島と東部の交戦地域を除くウクライナが一定の落ち着きを取り戻すとともに、沿ドニエストルにも日常が戻った。
最近のロシアのウクライナ艦船拿捕(だほ)事件では、ウクライナ側が対応策として、10州に30日間の戒厳令を敷いた。南部・中部の2州も含まれているが、これは沿ドニエストルと国境を接しているためだ。一つの紛争地域の出来事が他の紛争地域の存在を示す好例と言える。
一方で、モルドバと沿ドニエストルは欧州とロシアが「紛争解決のモデルケース」を模索する場ともなっている。紛争地域といえども、両地域の住民の一体感は強く、関係正常化の取り組み進展とともに日常的な交流が実現している。例えば、沿ドニエストルの「首都」ティラスポリのサッカーチームがモルドバ・リーグに参加しており、優勝回数も多い。チェス協会は紛争で分裂することなく存続し、モルドバのドドン大統領が会長を務めている。沿ドニエストルの企業はモルドバの首都キシナウに拠点を設け、欧州連合(EU)と取引している。モルドバの農民は川を渡って、沿ドニエストルにある農地に通う。沿ドニエストルの住民の多くがモルドバのパスポートを保有し、EUへのビザなし渡航が可能となっている――といった具合だ。
最終的解決のめどはついていないが、実現すれば、ある地域の緊張が他の地域に及ぶのと同じように、沿ドニエストル問題が平和裏に解決すれば、他の地域の緊張緩和につながるということもあるだろう。小さい地域だからといって必ずしも意味が小さいとは言えないゆえんだ。