統一からおよそ20年が経ち東西冷戦と全面核戦争の危機が歴史と化した現在、ドイツ社会を2つの新しい不安が揺すぶっている。1つは経済のグローバル化を背景とする生計の先行きに対する不安、もう1つはイスラム系を中心とする移民に対する不安だ。ともに急速な変化に社会・政治体制が対応しきれないことが背景にあり、既存政党は求心力を喪失。人々の不満を温床として左翼党に続く新たなポピュリズム政党が誕生・急成長する懸念が指摘されている。
\2つの不安のうち先に表面化したのは生計に対する不安である。中道左派のシュレーダー政権が2003年に打ち出した構造改革「アジェンダ2010」がきっかけとなった。
\改革で手厚い福祉にメスを入れることは、高齢化が進むドイツがグローバルレベルの激しい経済競争に勝ち抜き相対的に豊かな社会を維持するのに避けられない道筋だった。だが、シュレーダー首相(当時)の社会民主党(SPD)を支持してきた低所得者層を中心に「裏切られた」と感じる市民は多く、同党の支持率は大幅に低下。SPDから左派が分裂して結成した左翼党は躍進し、2009年の連邦議会(下院)選挙では緑の党を上回る11.9%の得票率を獲得した。
\移民への不安は連邦銀行(中央銀行)のザラツィン理事が8月末から9月上旬にかけて行ったイスラム教徒などに対する一連の差別的な発言がきっかけで一気に火がついた。日々の生活の中で少なからぬ市民が感じていた移民や移民統合政策の失敗への不満を同理事が代弁した格好となったためだ。
\メルケル首相の言葉を借りると、移民に対してドイツ人が抱く不満や不安感は例えば「夜は(犯罪に巻き込まれるのが怖くて)バスや電車に乗れない」「校内暴力が多すぎる」といったものだ。こうしたイメージはすべてが正しいとは言えないものの、現実を反映している面も否定できない。
\8月に起きたパキスタンの洪水災害では、メディアが連日、支援を呼びかけたにもかかわらず、募金の集まり具合は悪かった。イスラム教に対する負のイメージがネックとなったもようだ。
\ \移民排斥は欧州レベルの現象
\ \既存政党は中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)も含め、市民の間にたまったこうした不満の大きさを見落としていた。ことの重大性を気づかせたのはザラツィン問題の発生後に行われた市民アンケート調査調査とCDUのシュタインバッハ幹事の発言である。
\アンケート調査は世論調査機関Emnidが実施したもので、「ザラツィン氏が新政党を結成するのであれば投票する」と質問。約18%が「はい」と回答した。この割合は左翼党の支持層で29%と最も高く、移民排斥の風潮が保守層や極右支持者に限られないことを示している。
\CDUのシュタインバッハ幹事は第2次世界大戦後に東欧諸国から追放されたドイツ系市民が結成した市民団体の会長を務める保守系の連邦議会議員。最近はCDUの保守色が著しく弱まっていると批判しており、日曜版『ヴェルト』紙のインタビューでは、「誰かカリスマ性のある人物が現れ、真に保守的な政党を結成すれば、(議席獲得に必要な)5%の得票率を簡単に獲得できる」と断言した。
\そうした可能性は世論調査の専門家も口をそろえて指摘する。ドイツには現在、強力なカリスマ性を発揮する人物がたまたま出現していないに過ぎない。
\欧州諸国に目を向けると、移民排斥を訴える政党や動きは着実に強まっている。スイスではモスク建設を禁止する国民投票が昨年、可決。スウェーデンでは19日の国会選挙で、中東・アフリカ系移民の問題を前面に打ち出したポピュリズム政党のスウェーデン民主党が初の議会進出を果たした。フランスのサルコジ大統領は国際的な批判にも関わらず少数民族ロマの国外強制送還を続けている。
\ \与野党とも移民に厳しい姿勢へ
\ \左右の大政党であるCDU/CSUとSPDは移民政策の不手際がもたらすリスクをここにきてようやく認識したようで、移民に対する厳しい姿勢をにわかに打ち出している。野党SPDのガブリエル党首は20日『シュピーゲル』誌のインタビューで「(当局が提供するドイツ語コースなど)統合支援策の受け入れを拒否し続ける者はドイツにとどまることができない」と言い切った。政府もそうした移民に対し生活保護の削減や滞在資格のはく奪などの制裁を検討する意向だ。
\左翼党が議会進出を果たしたことで、ドイツではすでに、議会の過半数に支持された安定政権を樹立できないという問題が州レベルで起きている。移民排斥を扇動する右派のポピュリズム政党が誕生・躍進すると、政治の安定性はさらに弱まりかねない。
\社会が急速に変化すると、それに対応できない、あるいは不安を感じる人々は必ず出てくる。メルケル首相はそうした現実を踏まえたうえで、移民に伴う社会の変化をドイツ人は受け入れなければならないし、モスク(イスラム教の礼拝堂)は今後ますますドイツの風景の一部となるだろうと指摘。人々に精神的なより所と指針をもたらす伝統的な価値観を保ちながら、慎重な姿勢で変化していくことが大切だとの認識を示した。
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