西ドイツ地域の鉄鋼労使が9月末に締結した賃金協定が波紋を広げている。ベースアップ幅が大きかったうえ、派遣社員と正社員の賃金を同一化することがドイツで初めて取り決められたためで、経済界には他業界に波及し産業競争力が低下することへの警戒感が広がっている。一方、政府内には大幅賃上げを歓迎する声もあり、雇用者団体は神経をとがらせている。
\鉄鋼業界の労使は賃金を3.6%引き上げることで合意した。同協定は経済危機の終了後に主要産業で結ばれた初めてのもので、他の産業で今後行われる労使交渉の試金石として交渉中から注目を集めていた。
\経済危機の最中は経済界も労組も雇用の維持を優先し、ベアを見送る動きが強かった。ノルトライン・ヴェストファーレン州の金属業界で企業の人件費負担を可能な限り軽減させるための労使協定が今年2月に成立したばかりという事情を踏まえると、鉄鋼業界の今回の協定はドイツ経済の急回復を象徴する現象と言える。
\第2四半期の国内総生産(GDP)成長率が前期比で実質2.2%に達し、ドイツが欧州経済のけん引車となったことが大きい。ブリューデルレ経済相はこれを踏まえ『ハンブルガー・アーベントブラット』紙に対し、「経済が好調であれば、大幅な賃上げは可能だ」と述べ、鉄鋼業界のベアは他の業界の指標になるとの見方を示した。メルケル首相もこれを支持する見解を表明している。
\これに対し独雇用者団体連合会(BDA)のフント会長は、経済危機で企業が受けた痛手はすべて克服されたわけでなくリスクも依然として残っていると指摘。大幅なベアを他業界が受け入れる余地はないと反論した。ドイツ経済が現在、好調な背景には賃上げを長年にわたって抑制してきたことがあり、大幅ベアの動きが産業界全体に広がると、経済競争力が低下する恐れもある。
\ \正社員の雇用維持が格差是正の狙い
\ \派遣社員と正社員の賃金格差を解消することは労組が近年、強く求めてきた要求だ。特にドラッグストア最大手のシュレッカーが正社員を解雇したうえで賃金の低い派遣社員として再雇用していたことが大きな社会問題となった今冬以降は最重要課題として取り組んでおり、金属労組のIGメタルは今回、念願を実現した格好だ。鉄鋼業界では労組の組織率が極めて高く経営側に圧力をかけやすいほか、◇派遣社員の割合が少ない◇すでに正社員と同じ賃金を支給されている派遣社員が多い―― という事情もあり、雇用者側の譲歩を引き出しやすかったようだ。
\IGメタルは今回の合意を機に他の業界でも賃金格差の是正を図っている意向で、2012年に行われる電機・自動車産業などの労使交渉でも同様の要求を全面的に打ち出していく。サービス労組Verdiなど他の労働組合も鉄鋼業界の協定を指針とする意向を表明している。
\これに対し雇用者団体BDAは「鉄鋼労使協定の派遣社員規定を他業界に適用することはできない」としており、労使交渉は厳しさを増すと予想される。
\ドイツでは2003年の労働規制緩和をきっかけに派遣労働者が急速に増加した。その数は現在80万人を超え、近い将来100万人を突破するとみられている。
\労組は派遣社員が増えると正社員の雇用が減少すると懸念しており、派遣社員の賃金引き上げを通してそうした事態を回避する戦略だ。派遣社員を利用する企業は派遣会社に手数料を支払うため、正社員との賃金格差が解消されれば、派遣社員の人件費は正社員よりも高くなる。
\