メルケル政権の瓦解回避、難民政策で与党合意 送還は協定を通して

独与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)、社会民主党(SPD)の3党は5日、難民・移民政策で合意した。連邦議会(下院)で統一会派を組むCDUとCSUの2日の難民政策合意を一部修正したうえで、SPDが求める移民政策を追加するという内容。今回の合意成立により、約4週間に渡る与党内の激しい対立に終止符が打たれ、メルケル政権瓦解の危機は回避された格好だ。

今回の危機はCSUの党首であるホルスト・ゼーホーファー内相が作成した難民政策の基本方針案がきっかけで起きた。内相は同案を6月12日の記者会見で発表する予定だったが、メルケル首相(CDU党首)が政策内容に異議をはさんだことから中止。CDUとCSUの関係は急速に悪化した。

問題となったのは、すでにEUの他の加盟国で難民申請ないし難民登録手続き(二重三重の不正な難民申請を回避するためのEU生体認証データベース「ユーロダック」への指紋登録)を行った者をドイツに入国させないという政策案だ。

難民の取り扱いルールを定めたEUのダブリン協定では、難民は最初に到着した加盟国で難民申請手続きを行うことが義務づけられている。このため他の加盟国はそれらの難民が自国に流入した場合、難民申請手続きの担当国に送還できる。ただし、他の加盟国はひとまず入国させたうえで審査することを義務づけられており、入国させないことは同協定に違反する。

メルケル首相はこの事情を踏まえて、ゼーホーファー内相の基本方針に待ったをかけた。EUの実質的な中核国であるドイツがダブリン協定と他のEU加盟国の意向・利害を無視して入国拒否政策を単独で実施すれば、合意に基づくEU政治が機能不全に陥る恐れがあるためだ。

ゼーホーファー内相がメルケル首相の意向を無視して入国拒否政策を強行しようとしたことから、首相は6月末のEU首脳会談で難民政策について他の首脳と協議。域外と域内の双方にEU共通の難民審査施設を設置したうえで難民認定された人を有志の加盟国が任意で受け入れることや、イタリアなどに上陸した難民が域内の他の国に移動する「二次的移民」を抑制することなどで合意した。メルケル首相また、二次的移民としてドイツに入国を求める難民を、2国間協定を通してダブリン協定上の難民担当国に送還することも他の首脳に打診し、難民流入の玄関口に当たるギリシャとスペインの首相から前向きな回答を得ることに成功した。

メルケル首相はこれを受け1日、公共放送ZDFのインタビューで、EU首脳会談で得られた成果はCSUが要求する難民政策と「同等の効果を持つ」と明言。ゼーホーファー内相に対し入国拒否政策を単独強行しないよう暗に促した。

協定による送還で合意

だが、CSUは同等な効果はないと否定的な立場を示したことから、両党の関係は一段と緊迫し、統一会派解消とCSUの政権離脱が現実味を帯びてきた。

そうした事態に発展するとEUとドイツの政治が大きく混乱するうえ、CDUとCSUも深刻な打撃を受けることから、両党は2日の協議で打開策を模索。妥協にこぎ着けた。

その内容は(1)すでにEUの他の加盟国で難民申請を行った者を収容するための「トランジットセンター」を、難民の主な流入ルートであるオーストリアとの国境地帯に設置し、ダブリン協定上の担当国に当該難民を送還する(2)送還を実施できるようにするために他のEU加盟国と二国間の行政協定を締結する(3)ダブリン協定上の担当国が引き受けを拒否した難民についてはオーストリアと協定を結んだうえで同国に送り返す――というもの。トランジットセンターはドイツ国内に設置されるため、収容すれば物理的に入国することになるものの、空港のトランジットエリアと同じ位置づけとなるため法律上は入国しないことになる。

両党の合意は、他の加盟国が担当すべき難民を入国させないという点でCSUの要求を満たしている。同時に、これをあくまで2国間協定を通して実現することを盛り込むことでCDUの“譲れない一線”も守られている。

同合意ではまた、他の加盟国で難民登録手続きしか行っていない者が送還対象から除外された。このため、入国を拒否される難民の数はゼーホーファー内相の当初要求に比べ大幅に少なくなる。内務省は1日当たり2~5人にとどまるとみており、難民の流入削減効果はほとんどない。

(3)の合意点については、オーストリア政府が拒否の意向を示したことから、ゼーホーファー内相は5日、オーストリアの同意なしに同国に難民を送り返すことはしないと強調した。

内相の人気急落

SPDはCDUとCSUの対立を静観してきたものの、2日に両党の合意が成立したことから、SPDの関与なしに難民政策が策定されることを避けるために与党3党の協議を要求。5日の協議で合意が成立した。

CDU/CSU合意との違いはトランジットセンターを設置せず、送還対象の難民は警察署内の既存施設に収容するという点。SPDはこのほか、社会の高齢化に伴う企業の専門人材不足を補うための難民法案を年内に閣議決定することでもCDU/CSUの確約を確保した。

ゼーホーファー内相は今後、入国拒否の対象となる難民の送還に必要な二国間協定の実現に向けて他のEU加盟国と交渉を行うことになる。難民受け入れ拒否の強硬姿勢を示す伊ポピュリズム政権との交渉が最大の難関になるとみられる。

CDUとCSUの“近所を巻き込む大げんか”は成果が極めて小さく、不要で有害なものだったとの印象をぬぐい得ない。有権者の評価は厳しく、危機を引き起こしたゼーホーファー内相の人気は急落。公共放送ARDの委託で調査会社インフラテスト・ディマップが実施したアンケート調査では同内相を支持するとの回答が前月(6月)の43%から27%へと16ポイントも低下した。メルケル首相は同48%で、下落幅は2ポイントにとどまる。