ドイツの雇用者団体と労働組合は個々の企業の枠を超え業界全体で協定(労使協定=Tarifvertrag)を締結する。その一方で、各社・事業所単位で被用者の代表機関である事業所委員会(Betriebsrat)と雇用主が独自の協定(社内協定=Betriebsvereinbarung)を結ぶことも多い。では業界全体の労使協定と社内協定が食い違っている場合、どちらが有効なのだろうか。この問題に絡む係争で最高裁の連邦労働裁判所(BAG)が昨年8月に判決(訴訟番号:1 AZR 175/20)を下したので、取り上げてみる。
裁判はヘッセン州にある部品メーカーの事業拠点に勤務する社員が同社を相手取って起こしたもの。同社が加盟する同州の雇用者団体が金属労組IGメタルの州支部と締結した労使協定には週の所定労働時間が35時間と定められている。一方、同事業拠点の社内協定では40時間と取り決められており、実際にこれに基づいて勤務が行われてきた。
原告社員は、所定労働時間は労使協定に基づくべきであり、同協定から逸脱した社内協定の規定は無効だと指摘。週35時間を超過して働いた分を残業扱いとし、割増手当を過去にさかのぼって支給するよう要求した。拒否されたため、提訴した。
最終審のBAGは原告勝訴を言い渡した。判決理由で裁判官は、賃金その他の労働条件が労使協定で取り決められている場合、それらを社内協定の対象にすることはできないとした事業所体制法(BertVG)77条3項の規定を指摘。週労働時間を40時間とした社内協定は無効だと言い渡した。下級審では原告がこれまでに行った残業時間が算定されていなかったことから、BAGは裁判を二審のヘッセン州労裁に差し戻し、残業時間の確定を命じた。
この裁判で被告メーカーは、労働時間は雇用主と事業所委員会が共同で取り決めるとしたBertVG87条2項の規定を根拠に、週40時間の社内協定は有効だと主張したが、裁判官は同項で雇用主と事業所委に認められているのは、日々の勤務開始、終了、休憩時間であり、週労働時間ではないと指摘。主張を退けた。