ドイツには労働時間口座制度を導入して労働時間の柔軟化を図る企業や業界が多い。では、雇用者と従業員の社内代表機関である事業所委員会(Betriebsrat)が残業時間を労働時間口座に貯蓄するルールを取り決めて残業手当を支払わないようにすることは可能なのだろうか。この問題をめぐる係争でシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州労働裁判所が昨年11月に判決(訴訟番号:1 Sa 168/15)を下したので、ここで取り上げてみる。
裁判は金属加工メーカーで働く金属労組IGメタルの組合員が同社を相手取って起こしたもの。同社が加盟する雇用者団体がIGメタルの地域支部との間で締結した労使協定は1995年11月1日付で発効したものの、98年末で失効し、新たな協定は締結されないままとなっていた。
同社では2008年と09年に、雇用者と事業所委員会(あくまで企業の一機関であり、社外の組織である労組とは異なる)が労働時間口座に関する取り決めを行い、残業時間を労働時間口座に貯蓄するルールを導入。残業手当を支給しないことにした。
原告社員は2014年1~3月に計39時間の残業を行ったため、その分の残業手当をすでに失効した労使協定に基づき支払うことを求めて提訴した(13年12月までについては残業手当の請求を撤回)。
1審のエルムスホルン労働裁判所は原告勝訴を言い渡し、2審のシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州労裁も同様の判断を示した。判決理由で同州労裁の裁判官は、(労組と雇用者団体が取り決める)労使協定がある場合、雇用者と事業所委員会は賃金その他の労働条件に関する社内ルールを取り決めることができないとした事業所体制法(BetrVG)77条3項の規定を指摘。また、労使協定が失効しても新たな協定によって置き換えられるまでは効力を発揮し続けるとした労使協定法(TVG)4条5項の規定も指摘し、労働時間口座制度を導入して残業手当の支給を取り止めた被告企業と事業所委との取り決めは無効だと言い渡した。
最高裁への上告は認めなかった。