フランクフルト西南のシュヴァンハイム地区の森の端に古井戸がある。隣接する国道の工事で1970年代前半に発掘された遺跡だ。石を円筒状に積み上げ、ドーナツ状に加工した一枚岩を上に載せただけのそっけない代物で、考古学や歴史に強い関心のない人がこれだけを目当てにわざわざ訪問すればきっとがっかりするだろう。井戸穴は安全のために塞がれている。
訪れる人もほとんどいないこの井戸はしかし、西暦2~3世紀に使われていたもので、1800年以上前の古代遺跡なのである。日本で言えば弥生時代に当たる。
ここには農園があった。地図には遺跡マークとともに「ローマのヴィラ(Roemische Villa)」と記されている。
ドイツ南部と西部は古代ローマ帝国の支配下に入ることで文明化した。このため各地には当時の遺跡が残っている。トリーアやケルンは有名だが、フランクフルトの旧市街にも集落跡が残されている。市北部から西部を流れる小河川ニッダは当時、ローマ帝国の物流網の末端であった。市の北方に鎮座するタウヌス山地にはローマ版の万里の長城「リーメス」(ユネスコ世界文化遺産)が保存されている。
フランクフルトからタウヌスのクロンベルクに向かう自転車道の途中にある「リーメスシュタット」という住宅地区ではローマの4神を刻んだ石が発掘されている。実物は州都ヴィースバーデンの考古学博物館に保管されているが、現地にもレプリカが設置されている。
ベルリンやハンブルクなど東部や北部の地域でなければ、ローマ帝国は意外と身近な存在だ。春になりこのところ陽気が良い日が続いており、古代の痕跡を週末などに探してみるのも悪くないのではなかろうか。