中国の反スパイ法がドイツの医薬品安定供給を保つうえで大きな懸念材料となって
いる。中国に派遣した査察官が同法を根拠に尋問、逮捕される可能性を排除でき
ず、当局が派遣を見合わせるケースが出てきたためだ。査察を行わなければ製品が
適切・安全に製造され、一定の品質が保たれていることを認証するGMP証明書を発
行できず、原薬を輸入できなくなる恐れがある。『フランクフルター・アルゲマイ
ネ(FAZ)』紙が当局や業界団体への取材をもとに報じた。
現行の反スパイ法は2023年7月に施行された。以前に比べスパイ行為の範囲が拡大
しており、国家機密だけでなく、「国家の安全と利益に関わる」文書やデータにア
クセスしただけでスパイとして逮捕される懸念がある。定義があいまいなため、ど
こからが違法になるのかを判断しにくいという問題もある。
ドイツではGMPの査察が州の管轄となっている。ベルリン州保健・社会庁は、査察
のなかで国家の安全と利益に関わるとされるデータに接した査察官がスパイ容疑を
かけられ、尋問、逮捕される可能性があると指摘。中国での査察実施は現時点でリ
スクが大きいとの認識を示した。
独製薬工業会(BPI)は4月、「いくつかの有効物質のGMP証明書はすでに失効した
か、今後数カ月で失効する。この結果、様々な医薬品のサプライチェーンが停止す
ることになる」と警鐘を鳴らした。
別の業界団体であるファーマ・ドイチュラント(旧BAH)によると、中国からの原
薬輸入が途絶え、生産制限・停止に追い込まれることを懸念する会員企業がすでに
出ている。特に抗生物質と鎮痛剤が不足する恐れがあるという。
シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州に本社を置く製薬会社メダックは製品製造に必
要な有効物質のGMP証明が昨年末で失効したことを受け、州当局を提訴。中国で査
察を行うか証明の有効期間を延長するよう要求した。当局はこれを受け、最近に
なってようやく輸入許可を出したという。
独政府はこうした問題を受け、他国が実施した査察の結果を州当局が承認できるよ
う法改正を行う意向だ。州は査察を減らせるようになり、医薬品供給不足リスクの
低減につながる。ファーマ・ドイチュラントは歓迎の意を示した。ただ、根本的な
問題解決にはつながらないとしている。
ベルリン州保健・社会庁は、安全に査察を実施できるようにするためには、ドイツ
政府がリスク低減措置を定めるか、欧州連合(EU)加盟国からの査察官を対象とす
る例外基準を中国政府が策定する必要があるとの見解を示した。