英下院は9日、ジョンソン首相が提案した解散総選挙実施の動議を反対多数で否決した。首相は欧州連合(EU)に離脱期限の延期を要請することを政府に義務付ける法案が正式成立したことを受けて、4日に続いて同動議を出したが、必要な3分の2の賛同を得ることができなかった。何が何でも10月末に離脱するという首相の方針を実現するためには、10月中旬のEU首脳会議で離脱協定案について合意し、英議会の承認を取り付ける必要があるが、そのめどは立っておらず、7月に発足したジョンソン政権は早くも行き詰まりつつある。
ジョンソン首相はEUとの合意がなくても10月31日に離脱するという強硬な方針を掲げている。これによって離脱協定案の見直しを拒否するEUに揺さぶりをかけ、EU加盟国アイルランドと英領北アイルランドの国境問題をめぐる「バックストップ(安全策)」措置を協定案から削除するという英政府の要求に応じさせるという狙いがあった。
しかし、合意なき離脱に反発する野党は、10月19日までに英議会が離脱協定案を承認し、円滑な形で離脱することが決まらなければ、離脱期限を2020年1月31日まで延期することをEUに要請するよう政府に義務付ける法案を用意。これに対して、ジョンソン首相は野党の動きを封じるため、3日に閉会が明けたばかりの議会を9月9日の週から10月14日まで閉会するという奇策を講じた。しかし、野党は限られた期間内で手続きを進め、与党・保守党内の首相の離脱方針に反発する議員の支持も得て、6日までに法案が上下両院で可決。9日にエリザベス女王の裁可を得て、法案が成立した。
ジョンソン首相は離脱延期法案の審議に賛同した保守党の21人の造反議員を除名したほか、実弟を含む閣僚の辞任が相次いだ結果、与党の議席数は野党を43人も下回る状況で、過半数を失った。
首相は離脱方針について国民の信を問い、野党に握られた議会の主導権を奪い返すため、離脱延期法案を下院が可決した直後に10月15日の解散総選挙を提案したが、反対多数で不発に終わった。9日にも同様の提案を提出したが、状況は変わらなかった。
追い詰められたジョンソン首相にとって最善の策は、10月17、18日のEU首脳会議で離脱協定案について合意し、英議会の承認を得て、10月31日に秩序ある形で離脱することだ。これにはEU側が満足できるバックストップの代替案を提示する必要がある。
しかし、これまでに打ち出したのは、北アイルランドの農産物だけはEU単一市場に残し、アイルランドとの国境での検疫なしで輸出できるようにするという案だけで、根本的な解決策にはほど遠く、EU側が受け入れるのは難しい情勢だ。今後、どのような案を示すかが大きなカギとなる。
一方、離脱協定案でEUと合意したとしても、野党が主導権を持つ議会で19日までに承認を得られるかどうか不明だ。これに失敗した場合、「死ぬほうがマシだ」と公言していた離脱延期をEUに要請せざるを得なくなる。ただ、ジョンソン首相は依然として10月末の合意なき離脱にこだわっており、離脱延期法を無視して、EUに延期を要請せず、最高裁判所に同法の法的な妥当性を問う手続きに入るという新たな奇策に打って出るとの観測が浮上している。この場合は10月末の合意なき離脱に持ち込むことが可能となる。
野党側は解散総選挙そのものには賛同している。2回の採決で否決したのは、ジョンソン首相が解散後に離脱延期法に従わない恐れがあるとして、棄権や反対に回ったためだ。離脱延期が確定すれば応じるとしており、11月以降に総選挙が実施されるとの見方が広がっている。
英議会は10日未明の総選挙動議否決をもって閉会に入った。閉会直後に野党議員はジョンソン首相に「恥を知れ」といった罵声を浴びせ、強硬な議会運営に抗議した。また、下院のバーコウ議長は同日、閉会を「権力者による独善的な命令だ」と批判して、議長を辞任する意向を表明し、野党から喝さいを浴びた。
一方、英スコットランドの上級裁判所は11日、ジョンソン首相が議会を閉会したことを「違法」とする判断を下した。政府は同決定を不服とし、英最高裁に上訴するが、敗訴した場合は議会が再開されることになる。
野党議員らが起こした同訴訟をめぐっては、イングランドとウェールズの裁判所で政府が勝訴していた。しかし、スコットランドの上級裁は、ジョンソン首相による議会の閉会には、合意なき離脱を進めるために「議会を妨害するという不当な動機」があると指摘。「一般的に容認されている公権力の行動基準を順守していないのは明らか」として、違法と認定した。
英最高裁は各裁判所の判決を踏まえて、議会閉鎖の合法性を最終判断する。17日に審理が始まる予定だ。