英与党・保守党は5日、ジョンソン首相の後任となる新党首にエリザベス・トラス外相を選出し、トラス氏は6日、新首相に就任した。物価高騰への対応が新政権の最優先課題となるが、外交面ではロシアによるウクライナ侵攻への対応とともに、英領北アイルランド問題をめぐるEUとの摩擦解消に向けた取り組みが焦点となる。トラス氏はジョンソン政権の対EU強硬路線を継承する見通しで、EU側では英国の出方を見ながら関係改善の道を模索することになりそうだ。
英国のEU離脱が決まった2016年以降、保守党内では離脱を支持した強硬派と、EU残留を望んだ穏健派の対立が続いている。トラス氏は離脱の是非を問う国民投票で当初は残留派だったが、最終的に離脱派に鞍替えした。離脱強硬派はEUとの離脱協定の変更を求めており、ジョンソン政権で外相を務めたトラス氏は、政府が6月に議会に提出した北アイルランド国境に関する合意の一部を一方的に破棄する法案について、党首選の期間中も変更の実現に意欲を示していた。
離脱協定では、EU加盟国のアイルランドと国境を接する英領北アイルランドを実質的にEUの関税圏に残し、英本土との間で通関手続きを行うよう定める取り決めが盛り込まれた。しかし、英側はこうした「北アイルランド議定書」の規定を改正し、英本土から北アイルランドに入る物品の通関・検疫手続きを不要とすることなどを目指している。北アイルランド議定書の一部を一方的にほごにする「北アイルランド議定書法案」が議会に提出されたことを受け、欧州委員会は6月、議定書の修正に向けた再交渉には応じない姿勢を改めて示すとともに、一時中断していた英国に対するEU法上の義務不履行手続きを再開している。
欧州委のフォンデアライエン委員長は5日、トラス氏の新首相就任が決まったことを受けてツイッターに「EUと英国はパートナーだ。気候変動からロシアによるウクライナ侵攻まで、多くの課題に共に直面している」と投稿。そのうえで「双方の合意を完全に尊重しながら、建設的な関係を構築していきたい」と牽制した。また、対英交渉を主導する同委のシェフチョビッチ副委員長は「EUと英国の前向きな関係は戦略的に極めて重要だ。英国の新たな交渉相手と集中的かつ建設的に関係構築に取り組む」と述べた。
こうした中、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は6日、トラス政権が今後数週間のうちに、北アイルランド議定書第16条に基づく緊急措置を発動する可能性は極めて低い見通しだと報じた。同条項には英国またはEUが新ルールによって経済・社会面などで不足の困難な事態が生じたと判断した場合、取り決めの一部を履行しないことを認めるという特別条項が盛り込まれている。
FT紙によると、トラス氏はEUと英国が2020年に合意した、英本土と北アイルランド間のモノの移動に関する規制緩和を容認する猶予期間の延長をEU側に要請するもよう。猶予期間は9月15日までとなっている。トラス氏の側近はFTの取材に対し、「われわれは何も排除しないが、仮に16条の特別条項を発動することになれば大きな驚きだ」と述べた。