北アの通商巡る取り決め、英が一方的に破棄か

英国がEUと締結した離脱協定のうち、英領北アイルランドとEU加盟国アイルランドの自由な通商を維持するため設けたルールの大幅な見直しを求めている問題で、英政府は12日、EUとの協議が行き詰まったとして、一方的に取り決めの一部を破棄すると警告した。その実行に向けた法整備も計画しており、2021年夏から続けてきた交渉が決裂し、英国が「北アイルランド議定書」に反し、本土から北アイルランドに入る物品の通関・検疫手続きをなしにする可能性が出てきた。

EUと英国が2019年10月に合意した離脱協定には、北アイルランドとアイルランドの紛争に終止符を打った1998年の和平合意に基づいて北アイルランド議定書が盛り込まれ、英の離脱後も北アイルランドとアイルランドの間に物理的な国境を設けず、物流やヒトの往来が滞らないようにすることが決まった。北アイルランドが事実上、EU単一市場と関税同盟に残ることで、通関が北アイルランドとアイルランドの間では行われないようにする。その代わりに、英本土から北アイルランドに流入する物品については国内の移動であるにもかかわらずEUの規制が適用され、通関・検疫が必要となった。

しかし、英政府は同ルールによって北アイルランドで物流が混乱するなどとして、北アイルランド議定書で取り決められた通商ルールの抜本的な見直しを2021年7月に要求。EUと協議を続けてきた。

EUの欧州委員会は10月、英本土から北アイルランドに入る物品の通関・検疫手続きを大幅に緩和するという譲歩案を提示した。北アイルランド経由でアイルランドなどEU加盟国に輸出されず、北アイルランド内で消費される物品に関しては、通関規制を緩和し、商品の価格、取引する事業者に関する情報など基本的な情報を提示すれば済むようにし、必要な書類手続きを50%削減するという内容だ。

しかし、英政府はこれでは不十分として、こうした物品の通関手続きを完全に不要とすることを要求。さらなる譲歩を渋るEUとの対立が続き、協議は難航していた。

英国で対EU交渉を担うトラス外相は12日、EU側代表のシェフチョビチ欧州委員会副委員長と電話会談した際、EUの交渉姿勢に柔軟性がないと批判し、EUの方針が変わらなければ英政府が「行動せざるを得なくなる」と述べ、議定書の通関規制に関する取り決めを一方的に破棄することを辞さない構えを示した。

離脱協定には不測の事態が生じた際、英国またはEUが一方的に、取り決めの一部を履行しないことを認める特別条項がある。これまでにも英政府はEUが歩み寄らなければ同条項に基づく権利を行使する可能性を示唆していたが、これほど明確に通告するのは初めてだ。

英政府の今回の動きの背景にあるのが北アイルランドの政局。5日に実施された議会選挙で、議定書を支持するカトリック系のシン・フェイン党が最多議席を獲得して初めて第1党となったが、自治政府の運営には第2党に転落したプロテスタント系民主統一党(DUP)との連立が必要だ。英国との一体性を重視するDUPは、通関規制で北アイルランドが英本土から切り離されたとして議定書の見直し、または破棄を強く求めており、それが実現するまで連立を組まないと宣言している。英政府は北アイルランドでの政治空白を避けるため、現実的に破棄を視野に入れ始めた。

英ジョンソン首相の報道官は12日、今後数日間は協議を続けるとしているが、EUのさらなる譲歩は期待薄で、近く議定書の取り決め破棄を法制化する作業に着手する見通しだ。

一方、EU側は欧州委のシェフチョビチ副委員長が同日発表の声明で、英国の一方的な行動を批判。実際に破棄した場合は制裁措置として、北アイルランドをEU単一市場から締め出すことを示唆した。

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