2012/9/5

コーヒーブレイク

政治と経済の癒着の具体像~ロシア

この記事の要約

ロシアの富豪で英国に亡命中のボリス・ベレゾフスキー氏が、かつてのビジネスパートナーであるローマン・アブラモヴィッチ氏に55億米ドルの支払いを求めて争っていた裁判で英国高等裁判所は8月31日、ベレゾフスキー氏による抗告を棄 […]

ロシアの富豪で英国に亡命中のボリス・ベレゾフスキー氏が、かつてのビジネスパートナーであるローマン・アブラモヴィッチ氏に55億米ドルの支払いを求めて争っていた裁判で英国高等裁判所は8月31日、ベレゾフスキー氏による抗告を棄却した。この裁判では審理を通じてロシアの新興財閥と政府の癒着の一端が明らかになり、ロシアの司法制度と経済の現状に疑問を投げかける結果となった。

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ベレゾフスキー氏は1990年代にいかにして財を成したのか、ロシア国営企業の民営化がどう進められたのか、連邦政府とどのような関係を築いたのかなどについて語った。また、二人と同じ富豪のオレグ・デリパスカ氏との会話を盗み録りしたものが証拠として提出され、同氏が証人尋問を受けた。この盗み録りでは政治的保証金として数百万ドル支払ったこと、殺人・脅迫・資金洗浄、半合法的な税金逃れについて語られており、プーチン大統領の名前がたびたび話に出てきていた。

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ベレゾフスキー氏は90年代の代表的な新興財閥を築き上げた人物で、政治の黒幕と言われていた。アブラモビッチ氏の証言によれば、同氏は「政治的な財閥であり、我々はこの財閥のために働いた。大企業の政治的な指導者だった」。

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ベレゾフスキー氏は出資していた視聴率トップのテレビ局ORT(現:第一チャンネル)を政治の道具として巧みに操り、96年のエリツィン大統領再選などのお膳立てをした。エリツィン一家と親しく付き合い、プーチン大統領がエリツィン氏の後任として権力の座に着くにあたっても貢献した。ベレゾフスキー氏の証言では、当時、プーチン氏とは友人関係にあり、休暇にも一緒に出かけるほどの仲だった。

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しかし、ベレゾフスキー氏はプーチン氏の力を過小評価していたようだ。大統領就任から間もない2000年に原子力潜水艦「クルスク」が沈没した際にORTがプーチン大統領の対応を批判したことがきっかけで、取引先の実業家が逮捕され、企業は家宅捜索に遭い、自らも懲役刑に処される危険にさらされた。このためにロシアで築いた企業帝国を時価よりもずっと安く売却し、亡命することを余儀なくされた。

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ベレゾフスキー氏はこの取引にアブラモビッチ氏が加担していたと主張している。両氏は共同でシブネフチとルサールに出資していたが、アブラモビッチ氏が協定を破り、売却益のうちベレゾフスキー氏の取り分の一部を着服したという見方だ。

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アブラモビッチ氏はこれに対して、ベレゾフスキー氏は大企業の企業活動が可能となるために政治・犯罪組織との仲を取り持つ「クリシャ(屋根)」であったと反論。1995年の900万ドルに始まって、96年には8,000万ドルを(保証金として)支払ったとした。ベレゾフスキー氏が放送局TV-6と経済紙『コメルサント』を買収した代金も代わりに払い、クレジットカードの支払いや南仏の別荘も実際に金を出したのは自分らだと証言した。

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問題となっている失脚後の2001年の支払いは謝礼金であったとしている。ベレゾフスキー氏はこの支払いが自己が保有していたシブネフチ株式25%の代金と主張していた。

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ベレゾフスキー氏の主張を裏付ける文書は存在しない。ロシアではよくあるように、二人の取り決めは口約束であり、取引は握手で成立した。

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エリザベス・グロースター裁判官は、7カ月の検討の末、ベレゾフスキー氏の証言が信用できないとの結論を下した。「ベレゾフスキー氏にとって『真実』は変化し、その時々の状況に応じて曲げることのできるもの」と判決文に記している。

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ロンドン高裁は今回の判決で、90年代のロシアで不文法に従って行動し、非公式かつ半合法的な取引を行った者を英国法が裁くことはできないという事実を確認した。さもなければ、判決の翌日には旧ソ連の実業家が提訴しようと英国の裁判所に殺到しただろう。

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口約束に基づいた取り決めは、提携関係が崩れれば水掛け論となりやすい。実際、ベレゾフスキーと同じように亡命した新興財閥のミハイル・チェルノイ氏もデリパスカ氏に10億ドルの支払いを求めて裁判を起こしている。

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今回の裁判は、ロシアの司法制度と経済の現状に疑問を投げかける結果となった。

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ロシアの富豪のほとんどは90年代の民営化時に財を成した。アブラモビッチ氏は裁判で、1995年のシブネフチ民営化で落札できたのはベレゾフスキー氏が根回しした結果だったと証言。落札額は最低応札額1億ドルをわずか30万ドル上回っただけだった。

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他の民営化が公平に行われたとは想像しがたい。民営化で利益を得た実業家や官僚は今でもロシアの政治や経済に影響力を持っている。

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裁判では税金逃れの手法についても言及があった。シブネフチはタックスヘイブンに拠点を置くロシアのブローカーに一旦、原油を売り、それを2~3倍の値段で買い戻したという。プーチン大統領ににらまれたホドルコフスキー氏は同じような取引を行ったとして13年の懲役刑に処せられた。

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アブラモビッチ氏は自由の身である。ロシア政府への忠誠を守り、ORTの株式もプーチン大統領の友人であるユリ・コヴァルチュク氏の企業に転売した。シブネフチは後にガスプロムに売却した。

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ロシアの富豪は誰もが政府と癒着している。富豪らの秘密はロシア国家の秘密でもあり、今回の裁判で初めてその一端が具体的に明かされたのだ。

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