チェコでは1月、大統領選でゼマン大統領が再選し新政権が発足した。ANOのバビュシュ党首が率いる新政権は従来通り原子力を推進すると見られており、政府は今後3カ月以内に新たな原発建設プロジェクトの資金調達計画を発表する予定だ。しかし金融危機以降大型投資が差し控えられている上、電力の卸売価格及び排出権の取引価格が低迷しており、新規プロジェクトに対する資金調達が大きな課題となっている。ゼマン大統領はロシアに近く、原発事業への西欧諸国からの支援が期待できない場合にはロシアへの傾斜が高まる可能性があると指摘されている。
中東欧では反自由主義が広がりを見せる中、各国政府とロシアとの間の距離が狭まっている。ポーランドが欧州連合(EU)と原子力政策で対立している他、ハンガリーは昨年新規原発建設のパートナーとしてロシアを選択するなどEUから距離を置く動きが出ている。チェコについては、今後発表される原子力とCO2削減目標に関連した政策を通してEUに対するスタンスが明らかになると見られている。
就任間もないチェコのトマス・ヒュネル貿易産業相は、このほど政府の2015年エネルギー政策を再承認した。同計画では原子力を発電の主力として位置づけており、電源構成に占める比率を現在の35%から2040年までに58%まで引き上げる計画だ。また再生可能エネルギーは25%、ガス火力は15%までそれぞれ引き上げる一方、石炭火力のシェアを21%以下まで引き下げる。また原子力の発電容量を2035年までに2,500メガワット増加させるとしている。ドイツの国際公共放送局『ドイチェ・ヴェレ』によると、同相はドゥコバニとテメリンにある2つの原発の能力の一部を新たに建設する原発で代替する必要があると強く主張している模様だ。現在は計6つの原子炉で同国の電力需要の3分の1を賄っている。
政府の原子力エネルギー常任委員会は原子力発電所への投資を促すためいくつかの案を用意している。すなわち、◇国営チェコ電力(CEZ)を解体し、原子力発電所については新しい国有企業が引き取る◇新原発建設のためCEZの一部を国が買い取る◇CEZが子会社を設立し官民の資金で新原発を建設する――の3つである。
このうち最初の案は販売と配電といった戦略的な資産を政府が保持するというもの。アンドレイ・バビス首相はこの3月までCEZの分割に反対していたがその後撤回し、専門家グループを組織して同案を検討すると表明した。同案では現在政府が株式の70%を保有する同社を分割し、原子力と石炭火力で従来型の発電を行う会社と再生可能エネルギーなどで発電を行う新会社に分割するとされている。
2つ目の案は原発建設のため国がCEZの資産の一部を買収するというもの。ロイター通信がヒュネル貿易産業相の話として伝えたところによると、政府自体はCEZの資産の買収に反対ではないが、会社がいかに分割されるのかを決める前にまずは新規建設のための資金調達の形態を決定すべきだとしている。
最後の案はCEZが新たに子会社を設立し官民が協力して原発を建設するというもので、配電部門は新会社に移し、新会社の株式の50%以上を投資家に売却するという案である。政府は原子力と石炭火力による発電に集中する従来型のエネルギー企業を支配するということになる。
近年の政権はいずれも原子力を推進してきた。2012年11月に発表された国家エネルギー政策では、原子力のシェアは最低50%確保するとしテメリンに原子炉を2基、ドゥコバニに1基増設するとされていた。15年の国家エネルギー政策は12年の政策をほぼ踏襲したものだ。
しかしいずれにおいても資金調達の問題への対応が不十分だった。例えば2014年にCEZがプロジェクトからの収益が見込めないとして原発建設の入札を中止した際には、国による電力価格保証制度は導入されていなかった。ある市場関係者は『ドイチェ・ヴェレ』に対し、もし14年時点のエネルギー価格で同プロジェクトが実施されていればCEZの経営は破綻していただろうと話した。
ポーランドの東方研究所によると、中東欧で新規に原発を建設する際に問題となるのは資金調達と投資リターンの確保だという。同研究所の報告書は、「2009年の金融危機以来、西欧のエネルギー企業は同地域で実施される原子力関連プロジェクトから撤退した。(中略)電力の卸売価格が低下し排出権の取引価格も低迷しているため、原子力に対する数十億ユーロに上る投資には資金的に大きなリスクが伴う」と述べている。
国際環境保護団体グリーンピースのハベルカンプ氏はそれに関し、「チェコ政府は(市場価格と固定販売価格の)差額の補填や政府の補助金など国の助成を伴う契約を受け入れたくない。新規原発の建設費が高い状況が今後もしばらく続くとすると、CEZの分割と入札をめぐり多くの動きがある中で誰が建設の担い手であっても行き詰まる可能性が高い」と述べる。
その他にチェコは高レベル放射性廃棄物の深層処分施設建設の問題を抱えている。ヒュネル貿易産業相は2025年までに建設許可を得るには建設地を特定する必要があるが、数カ所の候補地の予備調査について地元の反対に遭っていると話している。
また原子力に反対する一部欧州諸国やEUの存在も問題を複雑にしている。欧州ではフランスとフィンランドが原発を推進する一方、ドイツは2022年までに全17基を廃炉することを決定している。チェコの隣国であるオーストリアも欧州での原子力の拡大には反対だ。欧州委員会もチェコの原子力の利用増に強く反対している。チェコは欧州委員会が公共入札の例外に関するルールを緩和するよう望んでおり、技術的に高度な要求基準を緩和することで価格を引き下げると共に、プロセスの簡素化を求めている。
もしこれがうまくいかない場合には、プク原発の建設に関し2017年にロシアと合意したハンガリーのように、チェコがロシアとの協力に乗り出す可能性がある。14年1月にハンガリーはロシア企業と契約し入札手続きを実施しなかった。オルバン政権が交わした契約は、原発の建設に公的資金を投入し政府が原発を保有するというものだった。ロシアはハンガリーに対し建設費のうち最大80%までの融資を行うことになっている。
チェコではロシア寄りのゼマン大統領が再選されたことから、同国でも今後ロシアに頼ることが政治的に支持される可能性がある。同大統領はハンガリーのプク原発に関する合意に類似した契約を締結することに反対していない。バビシュ首相はロシアに関する姿勢を公式には示していない。
CEZは昨年、米ウェスチングハウス、露ロスアトム、仏EDF、仏アレバ及び三菱重工の合弁企業アトメア、中国広核集団、韓国水力原子力といった企業やコンソーシアムと交渉を行った。有力だったのはウェスチングハウスとEDF。しかしウェスチングハウスが経営難にある一方、EDFは国有企業のためEU域内で越境して補助金を受け取るのは難しいという課題を抱えている。
ロシアは依然有力だが、ノウハウや経験を急速に蓄積している新興企業や国と競合している。ルーマニアで2014年に実施されたツェルナボダ原発の拡張工事の入札に参加したのは中国の広核集団だった。