トルコの「イスタンブール運河」、黒海の安全保障に影響も

トルコ政府が先月末に始動を宣言した「イスタンブール運河建設計画」について、ルーマニアの欧州地政学・戦略研究協会(AESGS)のコンスタンティン・コルニャヌ代表は、黒海地域の安全保障に変化をもたらすと予想している。ボスポラス海峡を迂回してマルマラ海と黒海を行き来できる新しい交通路となることで、地中海・黒海間の通航を規定するモントルー条約が骨抜きになる可能性があるためだ。トルコの発言力が増し、関係諸国・機関がトルコを含めた形で戦略を練り直す必要に迫られるかもしれない。

エルドアン政権は常にトルコを世界の主要国に育てることを目指してきた。新運河の開通後も黒海地域の勢力バランスを維持するには運河の法的位置づけを定める必要があり、トルコとの交渉が不可欠となる。これはエルドアン大統領の思惑にぴったり一致する。

コルニャヌ代表は具体的に、3つの可能性を指摘する。まず、ボスポラス海峡とマルマラ海、ダーダネルス海峡の通航について定めた1936年のモントルー条約が新運河にも適用される場合、トルコが黒海沿岸諸国や、同地域で利害を有する北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)、中国などと直接交渉できる機会が生まれる。トルコはこの機会を自らの地政学的・安全保障的利益の実現に活用することを試みるだろう。

また、モントルー条約の効力が喪失した場合は、NATO海軍が常時、黒海に入ることができるようになる。これは、コーカサス、ウクライナ地域を戦略圏と位置付けるロシアの警戒を強め、黒海地域の軍備強化につながると懸念される。

3つめの可能性は、モントルー条約は維持されるが、新運河をその適用から外すケースだ。この場合、東地中海および黒海におけるトルコの影響力が強まり、NATO、EU、ロシア、中国がトルコの地政学的かつ国防上の利害を無視できなくなる。

エルドアン大統領は「同条約は存続するが、新運河に適用されない」との立場だが、新運河の採算を確保するために条約破棄をちらつかせて自らの利を引き出す思惑があると指摘する声も聞かれる。

イスタンブール運河建設計画は2011年にエルドアン首相(当時)が初めて発表した。イスタンブールの西部(欧州側)に、北部の黒海と南部のマルマラ海を結ぶ全長45キロメートルの運河を設けるという内容だ。総工費は推定750億リラ(92億米ドル)に上る。政府は「ポスポラス海峡の船舶通航数を減らし、先ごろのスエズ運河の事故に類する事故を防げる」と、その意義を説明している。

一方で、エルドアン政権下で実施されてきた他の大型建設プロジェクトと同様に、環境破壊につながり、イスタンブール市民の飲料水源を汚染するという反対の声もある。また、地元イスタンブール市のエクレム・イマモール市長(共和人民党)は、新型コロナとの闘いが続く今、資金を運河の建設につぎ込むとは「理解不能」と強く批判している。(1TRY=13.38JPY)

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