黒い森の中心都市フライブルクの北およそ30キロにカッペル・グラーフェンハウゼンという村がある。もともと2つあった集落が戦後の市町村合併で1つになりできた自治体だ。こうした事情を反映し市の紋章は2つの集落の紋章をつなぎ合わせた格好となっている。
\西の集落であるカッペルはライン川に接している関係で歴史的に漁業が営まれており、集落の紋章には魚を縦に3匹並べた絵柄が採用されている。こののどかな集落で昨年夏、1人の男が突然、姿を消した。ヘルマン・ヒルスという71歳の年金生活者である。以前はライン川で漁業を営んでいた。
\小さな村で誰かがいなくなれば当然、話題にもなっただろう。10月末になって知人が警察に届け出た。ヒルス氏は昨年春以来、循環器系の薬を常用しなければならず、心配がひとしおだったことは想像に難くない。
\ここまで読んで、読者は「ヒルス氏は独身、あるいは男やもめだったのか」と思われるかもしれないが、実は55歳のれっきとした妻がいるのである。失踪してから知人が通報するまで数カ月かかったのは、差し出がましいとためらったのだろう。
\知人が失踪届を出してから数週間後、妻は行方不明になっていた夫が戻ってきたとして、フライブルクの弁護士事務所と公証人事務所を訪問した。公証人事務所では夫の委任状を作成させている。
\失踪届を受け捜査を進めていた警察は当然ながらヒルス氏の本人確認をしなければならないということで、数日後にその日時を設定した。
\しかし、本人確認は行われなかった。妻から「夫が短い旅行に出かけた」と連絡が入ったからである。
\こうなると「あやしい」と思うのは当然だろう。捜査を担当していたラール市警は周辺自治体の警察の協力を得て捜査本部を設置し、事実関係を徹底的に洗い出し始めた。
\そうして分かったのは、、、。戻ってきた夫というのは実は偽の人物だったということである。
\妻は失踪届が出された直後から、夫になりすます協力者を探し、様々な男性にコンタクトを取っていた。ほとんどの男性は協力を拒否したのだが、1人だけOKした人物がいたのである。妻はこの男性をメーキャップアーティストのところに連れて行き、本物の夫そっくりにメークさせたとのことだ。あまりにそっくりのため、誰も偽者とは思わなかったという。
\警察当局は今月11日、事件を公表した。偽者の男性はすでに自白しており、少なくとも公文書偽造罪に問われる見通しだ。
\それでは失踪した本物の夫はというと、行方は依然として分かっていない。警察は妻が殺害したとみて逮捕、取り調べを続けている。
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