欧州連合(EU)の欧州委員会は19日、産業データの利活用や人工知能(AI)の開発促進などを柱とする新たなデジタル戦略を発表した。域内の企業や研究機関などが保有する各種データを集積した「欧州データ圏」を構築し、企業などが共有できる仕組みを整備するほか、AIの研究・開発で今後10年間に官民合わせて年200億ユーロを投じることなどが柱。データの重要性が増すなか、産業データを有効活用して「GAFA」と呼ばれる米IT大手や、国家の支援を受ける中国企業に対抗できる欧州企業の育成を目指す。
欧州委はデジタル戦略を気候変動対策と並ぶ最重要課題と位置づけ、今後5年間のデジタル分野における目標として、「人々のための技術」「公正で競争力のある経済」「開かれた民主的かつ持続可能な社会」の3つを掲げた。フォンデアライエン委員長は「われわれは欧州におけるデジタルの未来を形成する野心を示した。この戦略はサイバーセキュリティ、重要インフラ、デジタル教育、民主主義、メディアなど、あらゆる領域をカバーするものだ」と強調した。
欧州データ圏は域内の企業や研究機関、自治体などが持つデータを「製造業」「グリーンディール」「移動」「健康」など分野ごとに集積し、共有する仕組み。例えば工場のロボットに蓄積されたデータを利用して省エネにつなげたり、自動車からのセンサー情報を解析して渋滞の緩和や事故対応に役立てることが可能。健康分野では個々の患者に適した医療の提供や、難病の治療法確立につながる可能性がある。
データ共有にあたり、個人情報保護も徹底する。対象となる情報の内容や個人情報の扱い、セキュリティ対策などについて各方面から意見を聞き、データへのアクセス権やデータ利用に関する詳細ルールとともに、欧州委が年内にも法案をまとめる。
欧州委のブルトン委員(域内市場担当)は記者会見で「産業データを巡る戦いが始まった。欧州が主戦場になる」と語り、欧州発のテック企業を育成して競争力強化を図る必要性を訴えた。
一方、欧州委はデジタル戦略の具体的施策として、AI開発の方向性をまとめた「AI白書」を併せて発表した。「欧州は安全に利活用できるAIシステムの世界的リーダーとなるべきだ」と主張。AI開発を加速させるため、今後10年間に年200億ユーロの投資を呼び込む方針を打ち出した。
AIの普及促進を図る一方、AIシステムの複雑さを考慮し、AIに関するリスク評価の必要性を指摘。悪用された場合に深刻な影響が及ぶ高リスク分野として医療、警察、運輸などでのAI活用を挙げ、人間が常時監視するため公的機関の設置などを検討する方針を示した。一方、欧州委は当初、公共の場での顔認証を禁止する方向で検討していたが、技術の進展を阻害するとの理由から見送った。今後、どのような場合に利用が認められるかについて本格的な議論を呼びかけた。
5月19日までAI白書に対する意見募集を行い、各方面からの反応を踏まえて年内にAI関連の法案をまとめる。