新型コロナ危機への対応をめぐり国と州の足並みに乱れが出てきた。きっかけとなったのは、感染防止策の奏功を受けて開始した制限措置の部分緩和。営業制限を速やかに解除していき経済損失を可能な限り回避するという考えと、感染の「第二波」の到来を警戒する慎重な考えとが止揚されずに摩擦を起こしている格好だ。
ドイツでは新型コロナウイルスの感染拡大のスピードが大幅に鈍化したことから、メルケル首相と国内16州の首相は15日、感染抑止に向けて実施している規制を一部解除することを決議。まずは週明けの20日から小売店の規制を緩和した。床面積800平方メートル以下の店舗は営業を再開できるようになった。自転車販売店と自動車販売店、書店は床面積の広さにかかわらず営業が可能だ。
同決議は緩和策の大枠を取り決めたもので、各州はその範囲内であれば自由に政策を実行できる。ただ、大枠を超えた政策は決議に反する。
ノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)は同決議に抵触する営業規制緩和に踏み切った。床面積800平方メートル超の家具販売店に対しても営業再開を認めたのだ。ラインラント・ファルツ州でも集客力の高い大型アウトレットセンターが再オープンするなど玉虫色の緩和が行われている。
アンゲラ・メルケル連邦首相は23日の連邦議会(下院)で一部の州のこうした動きを、「大胆すぎるとは言わないまでも極めて大胆だ」と批判。各州が歩調をそろえずに独自の緩和を進めることで、感染拡大の抑制に向けたこれまでの取り組みの成果が台無しになることに危機感を表明した。
ロベルト・コッホ研究所(RKI)のラース・シャーデ副所長は24日の記者会見で、新型コロナの感染拡大を受けて導入した制限措置の緩和を、国と州の決議の範囲を超えて推し進めることは危険だとの認識を表明した。メルケル首相を援護した格好だ。
ドイツの新規感染者数は減少傾向が続いている。それでも1日当たりの人数は2,300人(23日時点)を超えており、状況は依然として厳しい。RKIのシャーデ副所長はこれを踏まえ、1日当たりの感染者数が数百人まで低下しなければ制限措置を一段と緩和することはできないと明言した。
国と州は3月中旬、スーパーマーケットや薬局、銀行など基本的な生活の維持に必要な店舗を除いてサービス事業者に営業停止を命じることを取り決めた。この時点では危機感が極めて強く、国と州、与党と野党の歩調は一致。新型コロナ危機対策として政府が提出した法案は議会でほとんど審議されずに成立しており、挙国一致の様相を呈していた。
だが、新型コロナ感染のピークがひとまず過ぎ、制限緩和を開始すると、それまで抑制されていた様々な利害や思惑が表面化。日刊紙『ターゲスシュピーゲル』によると、各州の首相に元には会社存続の危機を恐れる経営者から大量の文書が寄せられているという。NRW州が家具販売店の営業規制を緩和した背景には、家具産業が同州で盛んという事情があるもようだ。
「生存の絶対化は誤り」=連邦議会議長
制限緩和をめぐる対立が鮮明化するなかで、ヴォルフガング・ショイブレ連邦議会議長の発言が注目を集めている。同議長はターゲスシュピーゲル紙のインタビューで、国はすべての人に最善の医療給付を行わなければならないと指摘したうえで、命を守るためにはそのほかのすべての物事を取り下げなければならないという絶対・無制限性を要求する主張は誤りだと明言した。仮に基本法(憲法)に絶対的な価値があるとすれば、それは「人間の尊厳」だとしている。
この発言は、生命・生活(Leben=life)には単なる生存以上の価値があることに注意を促したものだ。同議長は感染予防の観点から物事を判断するウイルス学者に実質的な政策決定を委ねるのではなく、経済、社会、心理、その他の影響を幅広く吟味して政策を決める必要があるとも主張しており、今回の発言は感染の第二波を警戒して制限緩和に慎重なメルケル首相を批判したものと解釈する向きもある。
ただ、ショイブレ議長は感染の再流行を避けるために「人は慎重に一歩一歩、前に進まなければならない」と述べ、同首相の基本姿勢を支持しており、制限緩和の推進を要求しているわけではない。慎重な姿勢を保ちながら総合的な観点で政策を決定すべきだというのが発言の趣旨とみられる。
メルケル首相はさらなる緩和に踏み切るかどうかを5月6日に開催予定の州首相との会議で決定する意向だ。制限緩和の影響を見極めるためには2週間の時間が必要とみているためで、30日に予定する州首相との次回の会議では制限措置の変更について協議しないと明言している。