「欧州中銀の国債購入は違法」、独憲法裁が欧州裁に背く異例の判決

ドイツ憲法裁判所は5日、欧州中央銀行(ECB)が2015年から実施している国債購入プログラムは欧州連合(EU)法に抵触するとの判決を下した。同プログラムに対しては欧州司法裁判所(ECJ)がEU法上の問題はないとの判決を下しており、独憲法裁はこれを覆した格好。加盟国の裁判所が欧州裁の判決を覆すのは初めてで、大きな波紋を呼んでいる。欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は10日、EU条約違反手続きを含む措置を、ドイツに対し適用することを検討すると発表した。

ECBは15年、ユーロ圏の国債を加盟各国の中央銀行を通じて買い取る量的緩和政策「公的部門証券買い入れプログラム(PSPP)」を開始した。PSPPを通してこれまでに購入した国債の総額は2兆6,000万ユーロに上る。

独憲法裁は、ECBがこの決定に際して、通貨ユーロの安定という目的を達成する手段としてバランスの取れた(verhaeltnismaessig)政策かどうかを検討しなかったことがEU法違反に当たると判断した。ECBはインフレ率の上昇というプラスの効果だけでなく、低金利によるユーロ加盟国市民の金融資産の価値低下、投資マネーの流入による不動産バブルの恐れ、金融セクター不安定化のリスクなどマイナスの影響も勘案する必要があったが、これを行わなかったと批判している。

独憲法裁はこの認識に基づき、PSPPが妥当な政策であることの証明を3カ月以内に行うことをECBに要求した。ECBが立証できない場合は、PSPPに基づく独連邦銀行(中央銀行)の国債購入を停止させるほか、これまでに買い取った国債の売却も求めるとしている。

独憲法裁はさらに、PSPPをどのように終了させるかという「出口戦略」を明らかにすることも要求している。

今回の裁判は、PSPPは重債務国の放漫財政を助長するもので、EU基本条約に定められたECBの権限を逸脱するなどと批判するエコノミストなどが起こしたもの。独憲法裁はこれをECJに付託し、ECJは18年に合法とする判決を下したが、独憲法裁は今回、この判決を覆した。独憲法裁は、PSPPが実際にもたらす影響がECJ判決では全く考慮されていないことを「理解できない」と厳しい言葉で批判。こうしたケースではECJ判決を「例外的に」覆すことが許されるとの見解を表明した。

一部の加盟国が模倣する恐れ

独憲法裁はドイツの政府と連邦議会(下院)も批判した。PSPPを無為に受け入れることで、憲法で保障された市民の基本権を侵害したとしている。

PSPPはEU基本条約で禁止されている加盟国の財政の穴埋めに当たるとする原告の主張については、訴えを退けた。イタリアなど財政悪化国に対する違法な支援には当たらないとの判断で、ドイツのオーラフ・ショルツ財務相はこの点を高く評価した。

ECBが新型コロナ危機対策として4月に決めた7,500億ユーロ規模の資産購入プログラム(PEPP)は今回の判決の対象となっていない。

エコノミストや専門家の間では、PSPPが妥当な政策であることをECBが立証するのは容易との見方が強い。ただ、今回の判決を受けてECBなどEUの機関に対しては今後、政策の妥当性の慎重な検討や検討過程の公表を求める圧力が高まるとみられ、政策の余地が制限される可能性がある。また、PEPPに対してもその妥当性を問う裁判が起こされる可能性がある。

ECJはEU域内の裁判の最終審であり、加盟国の裁判所は本来、ECJの判断に反する判決を下すことができない。欧州委のフォンデアライエン委員長はこれを踏まえ、「EU法の最終判決は常に(ECJの所在地である)ルクセンブルクで下される」と明言。独憲法裁の今回の判決を権限逸脱だと批判した。

独憲法裁の同判決に対しては、EUの一体性・統制力を弱めるものだとの批判も出ている。他の国の裁判所がこれに倣う恐れがあるためだ。特に民主主義の原則を掘り崩す方向に動いているポーランドやハンガリーなど一部の加盟国はこれを先例として悪用する可能性が高い。司法改革をめぐり欧州委と対立するポーランドのマテウシュ・モラヴィエツキ首相は日曜版『フランクフルター・アルゲマイネ(FAS)』紙に「EUの歴史で最も重要な判決の1つだ」と高く評価した。

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