ドイツ北部のニーダーザクセン州で9日、州議会選挙が実施された。今回はロシアのウクライナ進攻とそれに伴うエネルギー危機を背景に国政レベルのテーマが通常よりも大きな比重を占めており、国政与党3党のうち中道左派の社会民主党(SPD)と中道右派の自由民主党(FDP)の2党で得票率が低下。FDPは同州議会で全議席を失った。極右のポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は危機が追い風となり得票率を大幅に伸ばした。
主要政党の得票率をみると、同州の最大与党であるSPDは33.4%となり、2017年の前回を3.5ポイント下回った。同党はウクライナ支援や対ロシア政策など国政レベルで歯切れの悪さが目立ち、これが今回の州議選で逆風となった。
同州で連立を組む中道右派の大政党キリスト教民主同盟(CDU)は5.5ポイント減の28.1%と減少幅がSPDよりも大きかった。同党が州首相候補として擁立したベルント・アルトゥスマン氏の人気がSPDのシュテファン・ヴァイル現州首相に比べ大幅に低かったことが響いた格好だ。CDUは現在、国政レベルの支持率でSPDを上回っているものの、これを追い風として利用することができなかった。州首相をすでに2期務めたヴァイル氏は現職の強みを発揮し、親近感や信頼性のほか、政策能力でも有権者の高い評価を受けている。
FDPの得票率は前回の7.5%から4.7%へと低下し、議席獲得に必要な5%を割り込んだ。同党はその原因を、自らが追及する政策を国政レベルで十分に実現できていないためだと主張している。
だが、SPDのショルツ氏を首班とする国政内閣は与党3党のなかで政策理念が大きく異なるFDPに配慮を示し、政権内に大きな亀裂が生じないようにしている。妥協は政治の常であり、与党のなかでFDPだけが“損している”わけではない。例えばコロナ規制を今春に大幅緩和したのは同党が強く要求したためで、連立先のSPDと緑の党内では批判的な声が強かった。
FDPの人気が低迷している最大の理由は、エネルギー価格の高騰とインフレ高進で多くの世帯が生活の先行き不安を感じているにもかかわらず、「小さな政府」に固執するあまりコロナ禍対策で膨らんだ財政支出を早急に「正常化」しようとしていることにある。現在適用が除外されている基本法(憲法)の新規債務制限ルールをいずれかの時点で再導入することは必要だが、有権者の多くが国の支援を求めている現時点でこれを強く主張することは的外れだ。
緑の党は躍進も終盤で失速
緑の党は得票率を8.7%から14.5%へと5.8ポイントも伸ばした。国政与党のなかで得票率が上昇したのは同党だけ。ウクライナ戦争をめぐる外交と、エネルギー危機対策で同党のベアボック外相とハーベック経済・気候相がポイントを稼いだことが大きい。
ただ、州議選向けた世論調査で緑の党の支持率がピーク時の6月末から8月末にかけて22%に達していたことを踏まえると、失速感は否めない。背景にはエネルギー政策をめぐる同党の2つの失点がある。
1つは所轄大臣であるハーベック氏の主導で進めた天然ガス輸入会社への支援策だ。ロシア産天然ガスの供給削減・停止を受けて高額なスポット買いを余儀なくされ財務が急速に悪化したユニパーなどのエネルギー企業を、需要家負担の新たな分担金で底支えするという当初の計画は、インフレや調達コストの高騰に直面する市民・企業に過剰な負担をもたらすことが判明。10月1日の施行を目前に撤回された。この事情は緑の党の全国的な支持率低下につながっており、ニーダーザクセン州議選でも逆風となった。
もう1つは、エネルギー不足懸念を踏まえ、原発廃止を先送りすべきかどうかをめぐる論議だ。エコノミストの間では残存原発3基すべての稼働を延長すべきとの意見が圧倒的だが、反原発を党の重要な原点とする緑の党内では反対意見が根強い。州内に原発1基を抱えるニーダーザクセン州の緑の党は3原発の年末廃止を強く要求して選挙戦を展開。ハーベック氏は選挙への影響を考慮し、同州以外の2原発を予備電源に組み込むという苦肉の策を打ち出した。緑の党のこうした姿勢はコアの有権者に一定程度、支持されたものの、それ以外の有権者が同党への投票を見合わせる原因となった可能性がある。
AfDはエネルギー価格高騰とインフレで市民の間に不安が広がったことが有利に働き、得票率を4.7ポイント増の10.9%へと大きく伸ばした。ただ、同党に投票した人の71%は他党への批判票だと出口調査で回答。政策の支持者は20%にとどまった。
急進左派の左翼党は2.7%にとどまり、前回に引き続き議会進出を果たせなかった。同党は西部諸州でもともと支持率が低いうえ、近年は全国的に求心力が弱まっている。
VWの中国事業に影響も
各党の獲得議席数はSPDが57、CDUが47、緑の党が24、AfDが18。合計は146で、過半数ラインは73となっている。すでにSPDと緑の党は連立に前向きな姿勢を示していることから、両党が次期政権を打ち立てるのはほぼ確実とみられる。
緑の党が州政権入りを果たすと、北海の独蘭海域で天然ガスを採掘するプロジェクトは中止される可能性が高い。緑の党が強く反対してきたためだ。
ニーダーザクセン州経済省は4月、同プロジェクトについて蘭採掘会社ワンディアスと大枠合意。州政府が承認すれば、州鉱山・エネルギー・地学庁(LBEG)の主導で環境アセスメント調査と広聴手続きが実施され、早ければ2024年にも採掘が始まる見通しとなっていた。ヴァイル州首相はエネルギー危機を踏まえ、原則的に反対しない立場を取ってきたが、新政権を成立させるためはプロジェクトの破棄が恐らく避けられないだろう。
緑の党は選挙戦で、中国の人権問題を積極的に取り上げてきた。中国事業を精力的に展開する地元の自動車大手フォルクスワーゲン(VW)を念頭に置いたものだ。ニーダーザクセン州政府は第2位株主として監査役2人を派遣していることから、同党はVWの中国事業に影響力を行使できるようになる。ロイター通信によると、VWは選挙戦で攻撃されるのを回避するため、中国で実施する巨額IT投資計画の発表を先送りしたという。