米国のアントニー・ブリンケン国務長官は19日、ロシア産天然ガスを海底パイプラインでドイツに輸送する2本目のパイプラインの敷設を手がける事業会社ノルドストリーム2 AGと同社のマティアス・ヴァルニヒ最高経営責任者(CEO)への制裁発動を見送ることを明らかにした。同パイプラインの敷設計画には強く反対しているものの、ヴァルニヒCEOなどへの制裁に踏み切るとドイツとの関係が悪化し、米バイデン政権が目指す同盟国との関係修復にしわ寄せが出かねないことから、「米国の国益」を踏まえ見送りを決めた。ドイツのハイコ・マース外相は「建設的な一歩だ」と評価するとともに、今後の協議を通して米国の懸念を取り除いていく考えを表明した。
ノルドストリーム2はバルト海経由でロシアとドイツ北部を結ぶ全長1,200キロメートルのパイプラインで、2011年に開通した「ノルドストリーム1」に並行する形で設置される。輸送能力は両パイプラインとも年550億立方メートル。ノルドストリーム2の総工費は95億ユーロで、ロシア国営ガスプロムのほか、独ユニパー、ヴィンタースハルDEA、英蘭系ロイヤル・ダッチ・シェル、墺OMV、仏エンジーが出資している。
米国は党派の違いを超えて、ノルドストリームをロシアの地政学的な戦略に基づくパイプラインと位置づけており、米政府はこれまで、ノルドストリーム2計画の中止を強く求めてきた。
バイデン政権は1月の発足後、この問題について協議してきたが、ドイツ側との溝は埋まらなかった。背景にはドイツが火力など在来型発電から再生可能エネルギー発電への移行を進めていることがある。火力発電を急に全廃することはできないため、当面は石炭に比べ二酸化炭素(CO2)排出量の少ない天然ガスを電源として活用する意向だ。ウクライナなど中東欧諸国を経由せず天然ガスをロシアから直接、輸入すればエネルギー安全保障上のリスクが低下することから、独政府はノルドストリーム2の実現に意欲を示している。メルケル首相は先ごろ、米国とは民主主義などの価値を共有しているものの、利害は必ずしも一致していないと述べ、ノルドストリーム2計画で米国と立場の違いが大きいことを示唆した。
米国務省はノルドストリームに関する報告を3カ月に1度、議会に報告している。同省はこのほど議会に送った報告書で、事業会社ノルドストリーム2 AGとヴァルニヒCEOは制裁に値するとしながらも、制裁の適用については見送りを決めたことを明らかにした。3カ月後の次回報告でどのような立場を示すかは未定だ。
独マース外相はこれを踏まえ「わが国はさらに3カ月間の時間を確保した。この期間中にワシントン(米政権)の責任者と今後について協議できる」と述べ、話し合いを通した問題解決に意欲を示した。ノルドストリーム2が開通するとロシア産天然ガスのトランジット料金収入が入らなくなるとするウクライナ政府の懸念が重要テーマの1つになるとみている。
ノルドストリーム2 AGのヴァルニヒCEOはドイツ人。旧東ドイツの秘密警察シュタージ(国家保安省)に勤務していた経歴があり、ロシアのプーチン大統領と親しい。
国務省はパイプライン敷設に関わるロシア船4隻と、ロシアの4団体には制裁を科した。