欧州議会選挙が6日から9日にかけて実施され、中道政党の大半はドイツでも欧州連合
(EU)全体でも議席数を減らした。既存政党への有権者の反発を背景に極右は勢力を
伸ばしており、政治の先行き不透明感が強まりそうだ。ただ、中道派は依然として過
半数を大幅に上回っていることから、政策に修正が加えられることはあっても激変す
る可能性は低いとみられる。
ドイツでは1月に設立された新党ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)がいきなり
6.2%を獲得した。極右の「ドイツのための選択肢(AfD)」も4.9ポイント増の
15.9%と得票率を大幅に伸ばし、第2党に躍進した。AfDも歴史の浅い政党であり、既
存政党が有権者の不満の受け皿として十分に機能していない現状が浮き彫りになって
いる。
国政与党3党は得票率が軒並み低下した。難民問題に対応し切れていないことや、炭
素中立政策のやや強引な推進、与党間の絶え間ない対立による政策の停滞などに有権
者が「ノー」を突き付けた格好だ。特に緑の党は8.9ポイント減の11.9%と減少幅が
大きかった。社会民主党(SPD)は1.8ポイント減の13.9%と下げ幅が小さかったもの
の、前回に引き続き過去最低を更新した。
BSWは左翼党から脱党した有力政治家のザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏が中心となっ
て設立した政党。社会的弱者を重視するという点で伝統的な左派の系譜に連なるもの
の、移民の制限を求めたり急速な脱炭素化政策を批判する点では右派色が強い。反米
親露も特徴で、ウクライナ支援には批判的だ。
今回の選挙ではAfDからBSWに大量の票が流出するとの事前予測があった。だが、大き
なしわ寄せを食ったのは左翼党やSPDなどの既存政党で、AfDからの流出は少なかっ
た。
AfDの得票率は上昇したものの、ピーク時の支持率を下回った。トップ候補のマキシ
ミリアン・クラー欧州議会議員がナチス親衛隊(SS)の犯罪性を相対化する発言を
行ったことなどが響いたとみられる。
世論調査機関ヴァーレンの出口調査によると、AfDの投票者の70%は他党に批判の意
思を示すためではなく、同党の政策そのものを評価して票を投じた。AfDではこれま
で、既存政党への批判票が多かったが、最近は安定した支持基盤を構築しつつあるも
ようだ。
■若年層が右傾化
AfDは今回、若年層の票を多く獲得した。25歳未満の有権者のうち同党に投票した人
は16%で、同17%に上った中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)に次い
で2番目に多かった。前回選挙で35%に達した緑の党は11%に激減しており、若者の
政治意識は急速に右傾化していることがうかがわれる。若年層の支持に支えられた緑
の党の成長に急ブレーキがかかった格好で、今後の選挙でも苦戦が予想される。
東部地区(旧東ドイツ)での各党の得票率をみると、最も高かったのはAfDで29%に
達した。BSWも14%と高く、CDU(20%)に次ぐ3位に付けている。
9月には同地区の3州(ザクセン、テューリンゲン、ブランデンブルク)で州議会選挙
が行われる。AfDとBSWは他党から連立を拒否されるのがほぼ確実であることから、選
挙後の州政権樹立は難航が予想される。
■緑の党との協調に消極的=フォンデアライエン氏
EU全体の選挙結果(10日夕方時点の暫定)をみると、リベラル派の欧州刷新(RE)が
23議席減の79議席、緑の党・欧州自由連盟が18議席減の53議席と勢力を大幅に後退さ
せた。REは仏マクロン大統領の与党「再生」の惨敗、緑の党・欧州自由連盟は独緑の
党の急落が響いた格好だ。他の中道勢力は最大会派である右派の欧州人民党(EPP)
が10議席増の186議席、左派の欧州社会・進歩同盟(S&D)が4議席減の135議席だっ
た。中道派全体の議席数は減少したものの、これら4党の合計は453議席で、過半数ラ
イン(361議席)を大幅に上回る。
マリーヌ・ル・ペン氏の仏国民連合(RN)が加盟する極右の「アイデンティティーと
民主主義(ID)」は9議席増の53議席、保守派と極右が入り混じる欧州保守改革党
(ECR)は4議席増の73議席とともに勢力を伸ばした。このほか、AfDなどどの会派に
も属さない極右勢力があるものの、仮に全勢力がまとまったとしてもEUの政策に直接
的な影響力を行使できる力はない。
このため、EUの政策が大幅に変更されることは考えにくい。ただ、これまでEUが精力
的に推進してきた炭素中立政策や、抜本解決のメドが立たない難民問題などにいら立
つ市民は増えている。人権や環境を際立って重視する政策に対しては経済界からも競
争力の低下を招きかねないと見直しを求める声が強まっている。
こうした流れを背景にEPP内では内燃機関車の新車販売を2035年から禁止する政策な
どの是正要求が高まっている。EPPを率いるマンフレート・ヴェーバー氏はすでに昨
年時点で、そうした意向を表明済みだ。
EPPの次期欧州委員長候補であるウルズラ・フォンデアライエン氏(現委員長)は10
日、再選に向けてまずはS&D、REの2党と協議する考えを示した。両党にEPPを合わせ
た3党の議席数は400議席で過半数を大きく超えることから、3党合意が成立すれば議
会で再選が承認される可能性は高い。
ただ、欧州議会では議員に対する各会派の拘束力が弱く、造反が少なからず出る可能
性がある。そうした事情を踏まえると、念のために緑の党の支持も取り付けた方が得
策とみられるが、フォンデアライエン氏は10日、同党との協議は次善の策で優先度が
低いとの認識を示唆した。
その一方で、ECRに属する「イタリアの同胞」とは協力していく意向を示している。
イタリアの同胞は伊メローニ首相が率いるネオファシスト系統の政党。メローニ首相
はEU内で軋轢を起こしていないうえ、ウクライナ支援に積極的なことから、信頼でき
るとみているもようだ。
中道の緑の党よりイタリアの同胞を重視する背景には、欧州理事会(EU首脳会議)が
次期欧州委員会委員長を欧州議会に提案する際にメローニ氏の支持を取り付けたいと
いう計算のほか、炭素中立と人権保護にまい進してきた欧州委員会のこれまでの政策
にEPPが修正を加えようとしていることがあるとみられる。緑の党と組んだのではそ
うした修正を行えないためだ。『フランクフルター・アルゲマイネ』紙は、「今後は
緑の党に脅迫されることがあってはならない」という考えがEPP内にあると報じた。