英政府が本土から北アイルランドに入る食品など一部の品目の通関・検疫規制緩和などを欧州連合(EU)に求めている問題で、双方は11日に協議し、「実現可能な解決策」を模索することで合意した。ただ、EU側は北アイルランドで生じている問題は英国のEU離脱に伴う当然の結果として、英国側の要求に対して冷ややかで、関係悪化が進みかねない情勢だ。
EUと英国が締結した離脱協定には、北アイルランドとアイルランドの紛争に終止符を打った1998年の和平合意に基づいて「北アイルランド議定書」が盛り込まれ、英国が離脱してからも北アイルランドと地続きで国境を接するEU加盟国アイルランドの間に物理的な国境は設けず、物流やヒトの往来が滞らないようにすることになった。北アイルランドが英国の関税区になると同時に、工業製品と農産品についてはEUの関税ルールも適用するという仕組みで、北アイルランドは事実上、EU単一市場と関税同盟に残る。
このため、税関検査は北アイルランドとアイルランドの間では行われないが、英本土から北アイルランドに流入する物品については、国内の移動であるにもかかわらず通関、検疫が必要となっている。
これを受けて北アイルランドでは、離脱の移行期間が終了した1月から、英本土からの食品輸送に混乱が生じるという問題に直面。英政府は同問題を解消するため、議定書の見直しと、北アイルランドのスーパーと輸入業者に複雑な輸入手続きを免除する「猶予期間」を3月末から23年1月まで延長するよう求めている。
欧州委員会のシェフチョビチ副委員長と英国のゴーブ国務相は3日にテレビ会議方式で会談したが進展はなく、改めて直接協議することで一致。11日にロンドンで協議が行われた。
協議終了後に発表された共同声明によると、双方は北アイルランドとアイルランドの和平、安定を維持し、物理的な国境を設けないことで両地域の市民の生活に離脱の悪影響ができるだけ及ばないようにするため、議定書を「適正に履行する」ことで合意すると同時に、議定書履行に関する合同委員会を創設することで合意した。同委員会は24日までに開催され、北アイルランドの経済界の意見を聞きながら、同地域で生じている問題の実現可能な解決策を探る。
北アイルランド議定書をめぐっては、欧州委が1月末、EU域内で製造された新型コロナウイルス用ワクチンの域外への輸出を許可制にすると発表した際、アイルランドと北アイルランド間のワクチン輸送も輸出管理の対象とする方針を打ち出したことで、EUによる議定書の扱いに対する英国の不信感が強まった経緯がある。EUは強い反発を受けて同措置を撤回したものの、英国、北アイルランドだけでなくアイルランドなど一部の加盟国から批判を浴びた。英政府はEUの失態に乗じ、議定書見直しを迫っている。
しかし、EU側は通関手続き上の国境がアイルランド島と英本土にはさまれたアイリッシュ海に引かれ、英本土から北アイルランドに流入する物品に通関手続きが生じることは分かっていたことで、物流の混乱は英国側の責任という立場だ。シェフチョビチ副委員長は会談前日にゴーブ国務相に送った書簡で、この点を指摘し、英国側の要求の大半は応じられないと警告し、強硬な姿勢を示していた。
共同声明は「率直かつ建設的な協議だった」と前向きな表現が盛り込まれ、対立を示唆するような言及はなかったが、双方が満足できる解決策を見出すのは至難の業で、同問題の長期化も予想される。