EU加盟国は4月25日、ルクセンブルクで開かれた閣僚理事会で、EU排出量取引制度(EU-ETS)の改正案や、気候変動対策が不十分な国からの輸入品に事実上の関税をかける「炭素国境調整措置(CBAM)」の導入に関する規則案を含む気候変動関連法案を採択した。いずれも2022年12月に欧州議会と閣僚理事会の間で政治合意に達した後、欧州議会が4月18日の本会議で可決しており、各法案は近くEU官報に掲載後、施行される。
EUは50年までに欧州が世界に先駆けて気候中立を実現することを目指した包括的な成長戦略「欧州グリーンディール」を推進するため、中間点の30年までに域内の温室効果ガス排出量を1990年比で少なくとも55%削減する目標を掲げている。欧州委員会は21年7月、この中間目標を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」の一環として、EU-ETS改正のための指令案やCBAMの導入に関する規則案を発表。適用範囲や数値目標などをめぐり、欧州議会と閣僚理で協議が続いていた。
EU-ETSの改正案は、対象セクターの拡大や排出上限の削減ペースの引き上げ、無償排出枠の段階的削減などを柱とする内容。現行指令では、30年までに対象セクターにおける温室効果ガス排出量をEU-ETSの運用がスタートした05年比で43%の削減を目指しているのに対し、改正案では削減目標を62%に引き上げた。排出上限に関しては、24年に二酸化炭素(CO2)換算で9,000万トン分、26年に同2,700万トン分の排出枠を削減したうえで、毎年の削減率を現行の2.2%から24~27年は4.3%、28~30年は4.4%に引き上げる。
また、EUが気候変動対策を強化する中で、域内の企業が規制の緩い域外の第三国に生産拠点を移すといった「カーボンリーケージ」を防ぐため、鉄鋼・セメント・石油精製など特定の産業部門に設定している無償排出枠を26年から段階的に削減し、34年までに全廃する。削減率は26年の2.5%から27年は5%、28年は10%といった具合に加速度的に拡大し、33年には86%まで引き上げたうえで、34年以降は排出枠をゼロとする。
対象セクターについては新たに海運を加え、CO2排出量の監視・報告・認証を義務付ける「EU-MRV規則」の対象となっている総トン数5,000トンを超える大型船舶に対し、24年から段階的にEU-ETSを適用する。24年は検証済み排出量の40%、25年は同70%をEU- ETSの対象とし、26年から100%に拡大する。5,000トン以下の船舶については25年からMRV規則の対象としたうえで、26年にEU-ETSを適用するか改めて検討する。
欧州経済領域(EEA)内およびEEA発スイス・英国着の航空便に関しては、排出上限の削減率の引き上げに加え、26年から無償排出枠を段階的に削減し、30年からオークション方式の有償割当に完全移行する。
さらに道路輸送や暖房に化石燃料を使用する住宅などの建物を対象に、既存のETSとは別に新たな排出量取引制度(ETS-2)を立ち上げる。欧州委は26年1月の創設を提案していたが、エネルギー価格高騰の影響を考慮して27年1月とし、価格高騰が続く場合はさらに1年先送りすることも可能とした。
一方、CBAMは国境炭素税とも呼ばれ、EU域内の事業者が対象となる製品を域外から輸入する際、域内で生産した場合にEU排出量取引制度に基づいて課される炭素価格に相当する支払いを義務付ける内容。域内の企業が温暖化対策のための重いコストを負担することで、規制の緩い域外の企業との競争で不利な立場に立たされる状況を阻止するとともに、EU企業が厳しい規制から逃れるため域外に拠点を移すカーボンリーケージを防ぐ狙いがある。
欧州委案では鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力が対象となっていたが、欧州議会と閣僚理による政治合意で水素がこれに加わった。欧州委は今後、有機化学品やポリマーなども対象に含めるか検討する。
CBAMの対象品目を輸入する事業者は、10月からの移行期間に輸入相手国や前年分の輸入量を当局に申告し、製造過程におけるCO2排出量を報告する必要がある。26年以降に本格導入された後、34年までの完全実施が見込まれ、事業者は排出量に応じてEU-ETSに基づく炭素価格分を支払うことになる。
閣僚理はさらに、道路輸送や建物を新たに排出量取引の対象とすることで、ガソリンをはじめとする燃料価格の上昇につながる事態を想定し、脆弱な家庭や零細企業などを支援するための「社会気候基金」を創設する法案も採択した。最大650億ユーロのEU予算と加盟国からの拠出(全体の25%程度)を財源とし、断熱材やヒートポンプなど建物のエネルギー効率改善のための改装費用や、ゼロエミッション車や低排出ガス車の導入支援のほか、より直接的な生活支援を提供する。
◇持続可能な航空燃料の使用義務化へ、欧州議会と閣僚理が基本合意
一方、欧州議会と閣僚理事会は25日、EU域内の空港で使用する航空燃料について、持続可能な航空燃料(SAF)の比率を2030年までに70%とすることなどを柱とする法案の内容で基本合意した。欧州議会と閣僚理の正式な承認を経て新ルールが導入される。
欧州委は21年7月、30年までに域内の温室効果ガス排出量を1990年比で少なくとも55%削減する目標を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」の一環として、航空燃料のグリーン化に関する法案を発表した。欧州議会は22年7月、50年のSAF比率を85%に引き上げるなど、欧州委案を大幅に厳格化した修正案を可決したが、一部の加盟国と航空業界が難色を示し、閣僚理との間で合意形成に向けた交渉が続いていた。
SAFには「eフューエル」と呼ばれる合成燃料のほか、農産物や木材、藻類、使用済み調理油などを原料とするバイオ燃料(食料・飼料用作物やパーム油などは除く)、グリーン水素が含まれる。
合意内容によると、域内の空港に燃料を供給する事業者に対し、全体に占めるSAFの割合を25年までの2%から、30年までに6%、35年までに20%とし、50年までに70%に引き上げることを義務付ける。また、合成燃料については別途、数値目標を設定し、燃料全体に占める割合を30年までに1.2%、32年までに2%、35年までに5%、50年までに35%に拡大するよう求める。