欧州委員会動向、EU域内産業・サービス・政策をウオッチ

2019/9/9

EU情報

英のEU離脱延期法案、上院の可決で成立へ

この記事の要約

英上院は6日、EUからの合意なき離脱を阻止するため下院が可決した離脱期限延期法案を承認した。

EUと合意した離脱協定案が議会で3度にわたって否決され、求心力が低下したメイ前首相の後任として7月に就任したジョンソン首相は、EUが協定案の修正に応じなければ、EUとの取り決めがないまま10月31日に離脱する「合意なき離脱」を辞さないとする強硬な方針を掲げてきた。

野党と与党・保守党内の政権の離脱方針に反発する議員は、法案審議の時間が限られる中、10月19日までに英議会が離脱協定案を承認し、円滑な形で離脱することが決まらなければ、10月31日となっている離脱期限を2020年1月31日まで延期することをEUに要請するよう政府に義務付ける法案の審議を求める動議を提出。

英上院は6日、EUからの合意なき離脱を阻止するため下院が可決した離脱期限延期法案を承認した。同法案は9日にエリザベス女王の裁可を経て、成立する見込み。これによって10月31日の合意なき離脱が回避される方向に大きく傾いた。EUと合意ができなくても期限の10月末に離脱する方針を堅持するジョンソン首相は、形勢挽回に向けて早期の解散総選挙に打って出る手も議会に封じられており、期限内の離脱を実現するには離脱協定案の修正をEUに認めさせ、英議会で協定案の承認を取り付ける以外の方策はなくなった。

EUと合意した離脱協定案が議会で3度にわたって否決され、求心力が低下したメイ前首相の後任として7月に就任したジョンソン首相は、EUが協定案の修正に応じなければ、EUとの取り決めがないまま10月31日に離脱する「合意なき離脱」を辞さないとする強硬な方針を掲げてきた。具体的にはEU加盟国アイルランドと英領北アイルランドの国境問題をめぐる「バックストップ(安全策)」措置を協定案から削除するよう要求している。EU側は協定案見直しを拒否していることから、このままでは離脱協定が発効せず、協定案に盛り込まれた移行期間が設けられないまま10月末に離脱し、英経済が大きく混乱する。

離脱延期法案成立までの経緯

合意なき離脱に反対する労働党など野党は8月27日、議会の休会が明ける9月3日以降に離脱期限延期法案を提出する意向を表明。これに対してジョン首相は議会を9月9日の週から約1カ月間にわたって閉会することを決定し、野党の動きを封じる奇策に打って出た。

野党と与党・保守党内の政権の離脱方針に反発する議員は、法案審議の時間が限られる中、10月19日までに英議会が離脱協定案を承認し、円滑な形で離脱することが決まらなければ、10月31日となっている離脱期限を2020年1月31日まで延期することをEUに要請するよう政府に義務付ける法案の審議を求める動議を提出。ジョンソン首相は、法案が下院で可決された場合は議会を解散し、総選挙を前倒しで実施する意向を表明したほか、動議を支持する議員を除名し、次期総選挙で公認しないと言明して党内の引き締めを図ったが、採決ではハモンド前財務相、クラーク元財務相など有力議員を含む21人が造反し、賛成328票、反対301票で動議が可決された。

4日の同法案をめぐる採決は賛成329票、反対299票で、予想通り可決された。これに対して、同法案の成立を阻止したいジョンソン首相は、10月15日に総選挙を行うことを提案したが、賛成298票、反対56票と、必要な3分の2を大きく割り込み、否決された。合意なき離脱の回避を優先する野党側は、最大野党・労働党が棄権に回るなどして抵抗した。

11月以降に総選挙か

ジョンソン首相は合意なき離脱を辞さない構えを示すことでEU側を揺さぶり、協定案見直しで譲歩を引き出す戦略を描いてきた。首相は現在も同方針を変えておらず、離脱延期法案が下院を通過した際は「延期を要請するより、死ぬほうがましだ」と言い放った。

離脱延期法案の成立で同戦略に狂いが生じたジョンソン首相が期限内の離脱を実現するためには、EUと英議会が受け入れ可能なバックストップの代替案を提示し、離脱協定の修正案をまとめるしかない。首相は6日、10月17、18日に開かれるEU首脳会議での合意に向けて「100%集中する」と述べた。しかし、これまでに示したのは、北アイルランドの農産物だけはEU単一市場に残し、アイルランドとの国境での検疫なしで輸出できるようにするという案だけで、根本的な解決策にはほど遠い。合意は難しい情勢だ。

ジョンソン首相の状況をさらに厳しくしているのが求心力の低下。保守党は下院で閣外協力する政党と合わせて、かろうじて1議席差で過半数を維持してきたが、3日の採決前に、政権の離脱方針に反発するフィリップ・リー議員が離党して野党・自由民主党に加わり、造反議員を除名したことで過半数を失った。EU離脱の是非を問う国民投票で残留派だったさらに弟のジョー・ジョンソン氏が5日、兄との方針の違いから閣外相を辞任。7日には同様の理由でラッド労働・年金相が辞任、離党し、足元が大きく揺らいでいる。

首相には離脱方針について国民の信を問い、政権基盤を立て直した上で、10月のEU首脳会議に臨むという狙いがあった。このため、10月15日の総選挙実施を9日に再提案する方針だ。しかし、最大野党・労働党など主要野党は6日、離脱延期が確定するまで総選挙に応じないことで合意。離脱期限までの総選挙実施は極めて難しい情勢だ。

ここで取りざたされているのが、首相が自ら内閣不信任案を提出し、解散総選挙に持ち込むという奇策。下院の過半数が支持すれば可決されるため、これまでよりもハードルは低い。

一方、離脱期限の延期はEU全加盟国の承認が必要。合意なき離脱はEU側も避けたいところで、承認する可能性が高い。ただ、離脱延期は3度目で、EU内では協定案可決をめぐって迷走する英国への苛立ちが募っている。条件として英政府に今後の明確な指針を示すよう求めるといった動きが出そうだ。

野党側は早期の総選挙実施に乗らないことで一致しているものの、この重大な局面で民意を問わないことへの批判もある。保守党がぐらついていることもあり、離脱延期が決まれば11月以降に総選挙が行われるとの見方が多い。