英がEUに通関規制緩和を要求、北アイルランドの物流混乱で

英国はEU離脱によって主権を完全に取り戻したが、「移行期間」が終了して完全離脱した1月から、北アイルランドで英本土からの食品輸送に混乱が生じるという問題に直面している。これを受けて英政府は3日、本土から北アイルランドに入る食品など一部の品目の通関・検疫規制緩和と、現在適用されている「猶予期間」の延長をEUに要求した。時間を稼いだ上で、恒久的な解決策を模索する方針だが、EU側は否定的で、協議は難航が予想される。

英国はEUとの自由貿易協定(FTA)が1月に発効したことで、工業品や食品などの貿易にかかる関税はこれまで通りゼロで維持される。EUと唯一、地続きでつながる北アイルランドに関しては、北アイルランドとアイルランドの紛争に終止符を打った1998年の和平合意に基づき、離脱協定に「北アイルランド議定書」が盛り込まれ、離脱後も北アイルランドとアイルランドの間に物理的な国境は設けず、物流やヒトの往来が滞らないようにすることが決まった。北アイルランドが英国の関税区になると同時に、工業製品と農産品についてはEUの関税ルールも適用するという仕組みだ。

これによって北アイルランドが事実上、EU単一市場と関税同盟に残り、税関検査は北アイルランドとアイルランドの間では行われない。代わりに、英本土から北アイルランドに流入する物品については、国内の移動であるにもかかわらず通関、検疫が必要となる。

この通関手続きなどが生じたことで物流が混乱し、北アイルランドのスーパーマーケットで食品不足が生じている。スーパーと輸入業者は3月末までは「猶予期間」として、食品の衛生証明書が免除されているが、同期間が終了すると事態がさらに深刻化する恐れがある。

このため、英国のゴーブ国務相は3日、EUの欧州委員会のシェフチョビチ副委員長とテレビ会議方式で会談し、北アイルランドと英本土間の通関規制などを緩和するよう要請した。事実上の議定書見直し要求だ。また、これをめぐる協議が決着するまで時間がかかるとして、猶予期間を少なくとも23年1月まで延長するよう求めた。

会談後に発表された共同声明によると、双方は同問題の解決策を見出すため、集中的に協議することで合意。翌週にロンドンで再協議することを決めた。ただ、猶予期間の延長についての言及はなかった。また、シェフチョビチ副委員長はアイルランドのテレビ局とのインタビューで、協議には応じるものの「北アイルランド議定書には十分な柔軟性があり、これを英国が最大限に活用すれば同問題を解決できる」と述べ、議定書の見直しに難色を示した。

北アイルランド議定書の第16条には、「重大な経済、社会、環境上の困難」に直面した場合、EUと英国がそれぞれ議定書の適用を一方的に停止できるという規定がある。欧州委は1月末、EU域内で製造された新型コロナウイルス用ワクチンの域外への輸出を許可制にすると発表した際、同条項を発動し、アイルランドと北アイルランド間のワクチン輸送も輸出管理の対象とする方針を打ち出した。英国の強い反発を受けて撤回したものの、これが英政府の同問題に関する危機意識を高めさせた。

さらに、北アイルランド内では英国による支配を支持する勢力を中心に、議定書を北アイルランドと英本土を分断するものだとして批判する動きが活発化している。ベルファスト港、ラーン港では、税関職員を標的とする脅迫状が届いたため、当局が通関・検疫手続きを一時停止する事態が生じた。

こうした状況を受けて、英ジョンソン首相は3日に下院で、議定書第16条の条項を発動し、英本土と北アイルランドの間の通関を廃止することも辞さない構えを示した。

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