欧州委員会は17日、英国がEUと締結した離脱協定のうち、英領北アイルランドで導入された通商ルールの見直しを求めている問題で、新たな譲歩案を発表した。EUの薬事規制を改正し、英本土からの医薬品供給が滞らないようにする。これによって医薬品問題は解決に向かうが、他の分野では双方の溝が埋まっておらず、協議は越年することになった。
欧州委の譲歩案は、英政府が離脱協定に盛り込まれた「北アイルランド議定書」が定めるルールを適用すると、本土から北アイルランドへの医薬品供給が滞るとして、対応を求めていることを受けたもの。17日に規則改正案を発表し、同日に行われた協議でシェフチョビチ副委員長が英国の代表を務めるフロスト内閣府担当相に提示した。
北アイルランドは北アイルランド議定書に基づき、EU単一市場と関税同盟に残った。これによってEUの通商ルールが適用される「特区」となり、英本土から流入する物品については、国内の移動であるにもかかわらずEUの厳しい基準を満たさなければならず、通関・検疫が必要となる。これには医薬品も含まれ、EUの薬事規制が適用される。
欧州委案ではジェネリック医薬品(後発医薬品)について、英本土で認可されていれば北アイルランドでも特別な手続きなしで流通できるようにする。本土の製薬会社は試験施設などを北アイルランドに設ける必要がなくなる。本土と別のパッケージ、説明書の用意も不要となる。
英本土で認可された抗がん剤など必須医薬品の新薬は、EUで認可される前であっても、北アイルランドで暫定的に使用できるようにする。このほか、本土から北アイルランドに供給される全医薬品は特別な製造、輸入許可を不要とすることなどが盛り込まれている。
北アイルランドでは医薬品の大半が、英本土の製薬会社、販売会社から供給されている。議定書に定められたルールの導入を暫定的に免除する措置が21年末に失効すると、供給が混乱する恐れがあるため、英政府はルールの見直しを強く求めていた。英国側は欧州委の提案を受け入れたもようだ。
北アイルランド議定書は、北アイルランドとアイルランドの紛争に終止符を打った1998年の和平合意の精神を踏襲し、北アイルランドと地続きで国境を接するEU加盟国アイルランドの間に物理的な国境を設けず、英の離脱後も物流やヒトの往来が滞らないようにするための取り決めだ。英政府も批准した。
しかし、英政府は北アイルランドで英本土から流入する物品の通関手続きが必要となったことに伴い、物流混乱の問題が生じているとして、7月に関連ルールの大幅な見直しを要求。EU側は議定書そのものの改定には応じないものの、その枠内で調整するという方針に沿って協議を進めてきたが、交渉は難航している。
EU側の譲歩で協議は進展したものの、医薬品問題は比較的解決しやすい案件だった。英本土から北アイルランドに流入する食品など物品が、EUの厳しい食品・衛生基準を満たさなければならず、通関・検疫が必要となることを不満とする英政府は、抜本的な見直しを求めている。
シェフチョビチ副委員長は同日の協議終了後の記者会見で、医薬品問題を議定書見直しではなく、EUのルール改正で解決できたことを強調し、「議定書に柔軟性があることが示された。この勢いを残る問題をめぐる協議につなげなければならない」と述べた。議定書の枠内での調整にこだわる姿勢を改めて打ち出した格好で、英国側との溝は深い。双方は1月14日に協議を再開するが、交渉のハードルは高い。
英国側は合意が見通せない場合、議定書の特別条項で認められた権利を行使し、取り決めの一部を一方的に破棄することも辞さない構えだ。
とくに大きな対立点となっているのが、北アイルランドの通商ルールをめぐる紛争を欧州司法裁判所(ECJ)の管轄とするルール。撤廃を主張する英国は、独立した仲裁制度の創設を提案しているが、シェフチョビチ副委員長は「ECJの管轄外にありながらEU単一市場にアクセスすることはできない」として拒否した。
英国側は今回の協議で、ECJ問題を当面棚上げし、他の重要な問題での合意を目指すことを提案した。交渉妥結に向けて方針を大きく転換した格好だ。
フロスト氏が辞任
一方、フロスト氏は18日、内閣府担当相を辞任したと発表した。ジョンソン政権の新型コロナ対策への不満などが理由。重要閣僚の突然の辞任は政権に大きな打撃となるほか、今後のEUとの協議にも影響を及ぼしそうだ。
フロスト氏はジョンソン首相に提出した辞表で、政権がEU離脱後に規制緩和、減税政策を進めていないことへの不満を表明。政府が「オミクロン株」の感染拡大を受けて、厳しい行動制限を導入したこともコロナ共生路線に反すると批判している。
同氏は外交官出身。ジョンソン政権下でEUとの自由貿易協定(FTA)締結など離脱交渉の責任者を務めた。離脱強硬派の人物で、FTA交渉では国益最優先の強い姿勢でEUのバルニエ首席交渉官と渡り合い、首相から厚い信頼を寄せられた。3月には内閣府担当相に就任し、EUとの間で新たに生じる問題に関する協議の責任者となっていた。
フロスト氏によると、来年1月に辞任することでジョンソン首相と合意していたが、情報が漏れて国内メディアの一部が報じたことから、前倒しでの辞任に至った。
英フィナンシャル・タイムズによると、国内の反EUの間では、北アイルランドの通商ルールをめぐる協議でも強硬姿勢を貫いていたフロスト氏が交渉から外れることで、英政府の態度が軟化するとの懸念が広がっているという。
政府は19日、トラス外相がEUとの交渉責任者に就任すると発表した。