●「浸食資本」がEU全体に影響を及ぼす可能性
●対外投資に秘めた中国の狙い、欧州で理解進む
中国が対外投資を通して中東欧諸国での影響力拡大を図るようになり久しい。同地域の国々の中国への対応は様々だが、同国への依存は投資受け入れ国に悪影響を及ぼすとの懸念は根強い。特に欧州連合(EU)の東端に位置する国では民主主義と市場重視の価値観が十分浸透しておらず、その危険性が指摘されている。一方には中国の投資は真の脅威とは言えないとする主張もあり、東欧のEU加盟国は中国とEUとの関係において分岐点に立っている。
■「浸食資本」が政策形成に影響
「侵食資本(corrosive capital)」という概念を最初に提唱したのはワシントンの国際民間企業センター(CIPE)だ。同センターのエリック・ホンツ氏によると、これは透明性や説明責任、市場性の欠けた外部からの資金を指す言葉で、同氏は中国からのこうした投資がEU全体に影響を及ぼす可能性があるとの見方を示す。
スロバキアのブラチスラバにある中欧・アジア研究所(CEIAS)のシマルチク所長によると、この概念は中国やロシアなど権威主義的な政治体制を持つ国から供給される資金を指すもので、そうした投資は国のガバナンスの欠点を利用して資金の受け入れ国の政策形成に影響を及ぼすものであると指摘する。スロバキアとチェコの場合、中国は同国の資金に関心を持つそれぞれの国のオリガルヒ(新興財閥)との間に強い関係を作り上げることに成功してきた。同氏はこうした関係が中国に有利な政策を導くための道具になってきたと指摘する。その結果中国企業が政府の通信ネットワークなどの領域で影響力を発揮できるようになったというのだ。
■受け入れに積極的なハンガリー、慎重なポーランド
各国の中国に対する姿勢は投資額のみならず米国との関係などにも依拠しており様々だ。東欧諸国の中でセルビアに次ぎ中国からの投資シェアが大きいハンガリーでは現在、ブダペストで中国の復旦大学のキャンパス建設が進められており、議論を呼んでいる。一方、中国とEUとの関係において独特の立ち位置にあるのがポーランドだ。EUからは民主主義に逆行する動きを見せていると批判される一方で、中国からの投資受入れには慎重な姿勢を見せる。同国は多くの場合、米国の忠実なパートナーとして動いており、それは第5世代(5G)通信インフラへの中国製機器の導入に反対を呼び掛ける米国の政策に同国政府が同調したことにも表れている。
しかしブルガリアのグローバル・アナリティクス研究所のルメラ・フィリポバ氏は、ポーランドでは国益とアイデンティティーというイデオロギーが優先され、EUや米国の意向に反する政策をとることがあると指摘する。また中国からの貨物輸送のトランジット拠点でもあるため、中国との経済的な結びつきは強い。このため同氏は中国が「侵食資本」を同国に注入することに成功しても不思議はないとの見方を示す。
■バルト3国リトアニアの離反
一方、中国に背を向ける姿勢を鮮明にしているのがバルト3国のリトアニアだ。今年2月に開催された中国と中東欧諸国の首脳会議「17プラス1」をボイコットし、EUに中国との関係は西欧諸国を含む「27プラス1」のレベルで扱うよう求めた。フィリポバ氏によると、これは中国との経済関係がさほど深まっていないことが理由にある。その上同国はEUと北大西洋条約機構(NATO)への加盟を通じ、政治・安全保障上の安定を確保してきた。同国の姿勢は中東欧への中国の影響力が実際にはもろいものであることを示しており、その背景には同国の存在感が社会と政治の一部の分野に限られていることがあるとの見方を示す。
同氏はまた、エストニアについては中国に対しリトアニア同様の姿勢を示す可能性がある一方、ラトビア国民は中国を比較的肯定的に見ており、他の2国に比べ弱い姿勢を取るにとどまると予想する。
中国側は通常、各国の政権与党とのみ関係を築くため、与党が選挙で敗北し野党が政権に就くと中国に批判的な姿勢に転じるようになったケースがある。これはリトアニアとスロバキアに当てはまるが、チェコやハンガリーでも同様のことが起こりうるとCEIASのシマルチク所長は指摘する。
■中国の「ゼロサムゲーム」と、及び腰のブルガリア・ルーマニア
CIPEのホンツ氏は、リトアニアの行動がきっかけとなり、EUでは中国がより重商主義的で、誰かが得をすれば誰かが損をするゼロサムゲームを政治に持ち込む国だと認識されるようになったとの見方を示した。
中国の習近平国家主席は2018年、同国とブルガリアの関係を戦略的パートナーシップに引き上げたが、その後ブルガリアは米国の圧力を受け路線を変更した。同国とルーマニアへの中国からの投資の流入額は中欧諸国へのそれよりも少なく、両国は中国よりもEUとNATOを重視している。ホンツ氏は、両国の政治エリートは中国からの投資が自らの政治経済に対する影響力を削ぐことになると考え、受け入れに慎重な姿勢を示してきたとの見方だ。
ルーマニアはすでに、EUとの間に二国間貿易協定を持たない国の企業とは公共投資の契約を結ばないとする決定を採択している。2019年に同国は中国の通信機器大手華為技術(ファーウェイ)を通信ネットワーク事業から排除した他、チェルナヴォダ原発の建設で中国との協力を停止した。同原発については米国が協力することで2020年に合意が成立している。
■中東欧は中国のプレゼンスを過大評価?
中東欧・アジア研究センター(CEECAS)の最近のレポートは、中東欧地域の政府は中国のプレゼンスを過大評価する傾向があると指摘している。2000年から2019年にかけての欧州に対する中国の投資額1,290億ドルのうち、中東欧向けはわずか100億ドルにすぎなかった。
調査会社のベーカー・マッケンジーによると、中国の欧州への投資額は2020年に前年の134億ドルから72億ドルに減少したが、ハンガリーでは逆に中国との貿易額は昨年1ー6月期だけで53億5,000万ドルとなり、前年同期から9.8%増加した。中国からの投資額は計50億ドルで、主にファーウェイ、万華化学集団、中国銀行などの企業によるものだった。
一方、2020年のブルガリアから中国への輸出額は8億7,000万ドルで、輸入額は17億ドルだった。2006年の同国の総輸出額に占める中国の割合は0.6%だったが、20年には2.7%まで上昇した。しかし中国から同国への投資額は直接投資(FDI)全体の1%未満にとどまっている。
ルーマニアの中国への輸出額は2019年に8億5,000万ドル、輸入額は50億ドルだった。FDIに占める中国の割合は小さく、2000年から19年にかけての投資額は累積で14億ドルにとどまっている。
フィンランド国際関係研究所のミカエル・ウィゲル氏は、中国からの投資が純粋に商業的な理由によるものだと考えられていた2年前には大きな懸念を抱いていたが、現在では中国が影響力を増すために投資を利用しているとの事実が欧州ではよく理解されていると評価している。