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2022/6/1

総合 - ドイツ経済ニュース

独経済にデカップリングの影、VWの国外投資保険延長を政府が拒否

この記事の要約

ドイツ経済がデカップリングの方向へと向かう兆しが出てきた。ロシアのウクライナ侵攻を受けて政財界はロシア産化石燃料への依存脱却をにわかに開始。依存度の特に高い天然ガスでも数年以内に脱ロシアを実現する意向だ。中国の新疆ウイグ […]

ドイツ経済がデカップリングの方向へと向かう兆しが出てきた。ロシアのウクライナ侵攻を受けて政財界はロシア産化石燃料への依存脱却をにわかに開始。依存度の特に高い天然ガスでも数年以内に脱ロシアを実現する意向だ。中国の新疆ウイグル自治区にある少数民族ウイグル族の収容施設で深刻な人権侵害が行われていることを示す資料「新疆公安ファイル」が5月24日に報じられたことで、今後はさらに企業の中国投資にもブレーキがかかる懸念がある。冷戦後のグローバルリズムを成長の土壌としてきたドイツ経済は民主主義国家と独裁国家の分断を受け難しい局面を迎えつつある。

新疆公安ファイルは中国公安当局の内部資料で、国連のミシェル・バチェレ人権高等弁務官の新疆ウイグル自治区視察に合わせてリークされた。西側諸国に大きな衝撃をもたらしている。

同ファイルには警棒を持った警察官に囲まれてひざまずく収容者に迷彩服を着た別の警官が銃口を向ける写真や、脱走しようとする者の射殺を命じる同自治区書記の発言が含まれており、ドイツのクリスティアン・リントナー財務相は「ショックを受けた」と明言した。アンナレーナ・ベアボック外相は中国の王毅外相とのテレビ会談で、「新彊における最も重大な人権侵害についての報告と新たな証拠書類」について協議。事実関係の明確な説明を要求した。

新彊公安ファイルの影響はすでに出ている。自動車大手フォルクスワーゲン(VW)が中国でのプロジェクトに絡んで申請していた国外投資保険の延長をドイツ政府が却下したのだ。ロベルト・ハーベック経済相が日曜版『ヴェルト』紙に明らかにしたもので、ウイグル族に対する中国政府の人権侵害を理由としている。人権を理由に独政府が国外投資保険を拒否するのは初めて。同氏は「ウイグル人の強制労働と迫害に直面し、わが国は新彊におけるいかなるプロジェクトにも政府保証を提供することはできない」と明言した。

VWは国外投資保険を計4件、政府に申請していた。同社の広報担当者はメディアの問い合わせに、政府からの回答をまだ受け取っていないとしながらも、「却下される可能性はもちろんある」と答えた。

「中国から事業分散を」=財務相

VWは提携先の上海汽車(SAIC)と共同で2013年から新疆ウイグル自治区の首府ウルムチで完成車工場を運営している。経済発展が遅れた西部地域の開発を進める中国政府の意向を受けたもので、年産能力は5万台と小さい。それでもウイグル人迫害に加担しているとするVWへの批判は根強い。同社は新疆公安ファイルのスクープを受け、ウルムチ工場では「様々な文化的な背景と宗教上の信念」が尊重されていると強調。強制労働はサプライヤーも含めて行われていないとしている。

独経済省はVWの申請を却下した理由をメディアに、当該プロジェクトは「新彊ウイグル自治区の事業拠点と関係がある、あるいは関係する可能性を排除できない」ためだと説明した。

VWは投資保険申請が却下されても当該プロジェクトを実施するもようだ。その場合、事業に伴う財務リスクをすべて自ら背負うことになる。

新疆ウイグル自治区ではBASFなど他のドイツ企業も事業を展開している。同自治区絡みの事業に政府が国外投資保険を適用しない方針を打ち出したことは、これらの企業にも影響するとみられる。

中国に関しては台湾に軍事侵攻する可能性も大きな懸念材料となっている。仮にそうした事態になった場合、欧州連合(EU)が制裁を課すのは確実で、ドイツ企業の中国事業は大きな影響を受ける。ロシアに比べ関与度がはるかに高いことから、痛手は甚大だ。リントナー氏はこの事情を踏まえ、「ドイツ経済の極端な中国市場依存は極めて憂慮すべきことだ」と懸念を示した。中国から他の国への事業分散を促している。

オーラフ・ショルツ首相は26日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで演説し、「ディグローバリゼーションは誤った道だ」と明言。中国についても孤立させるのではなく多角的で規則に基づく世界秩序に組み込まなければならないとの認識を示した。中国の習近平国家主席とは先ごろ、経済関係の深化を協議したばかりだ。

「自由は自由貿易より重要」

だが、風向きは逆転しつつある。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は同フォーラムで「自由は自由貿易よりも重要だ」と述べ、経済的な利益よりも民主主義など西側の価値を守ることを優先すべきだとの考えを表明した。日曜版『フランクフルター・アルゲマイネ』紙によると、EU内には「グローバリズムの時代は終わり、フレンドショアリングの時代が始まったことを企業は理解しなければならない」との声があるという。

フレンドショアリングは安定したサプライチェーンを信頼できる国々(フレンド)に限定して構築することを指す。デカップリングの一種で、米国のジャネット・イエレン財務長官は4月中旬の演説でその意義を強調した。

ドイツはメルケル前政権の時代から対ロシア・中国政策で米国に対し明確な距離を取ってきた。対露では安全保障上の懸念などを背景とする米国の圧力にもかかわらず、同国産天然ガスの輸入拡大策をロシアがウクライナに侵攻するまで展開。バイデン政権が進める中国包囲網の構築には巻き込まれないよう警戒している。世界市場とエネルギー輸入への依存度が高いドイツは、米国の要求をすべて受け入れるわけには行かないという事情がある。

だが、ロシアのウクライナ侵攻を受け、ロシアからの化石燃料輸入を近い将来、停止する方針への転換をすでに余儀なくされている。対露制裁が今後、仮に解除されたとしても、独露貿易が戦争前の水準に戻る可能性は極めて低い。ドイツは脱炭素化の取り組みを加速し、ロシアからの主要な輸入品である化石燃料を必要としなくなるためだ。

中国もウイグル人迫害などの人権問題や台湾への進攻懸念がある限り、企業が対中投資を拡大することは難しい。ゼロコロナ政策は独裁国家の恣意的な措置がもたらすリスクを鮮明に示している。中国での工場新設や新規プロジェクトを発表するドイツ企業が以前に比べ減っているのは、コロナ禍で商談を行いにくいという事情だけが理由ではないだろう。

VWはデカップリングに反対しており、虎の子である中国事業の縮小は考えていない。だが、その同社も中国一辺倒の危険性は認識しており、米国事業の強化などリスク分散に乗り出している。

フレンドショアリングはコスト上昇につながる可能性が高く、ドイツの経済的な利益に反する。それでも中国リスクがさらに高まるようであれば、ドイツ企業は否応なくサプライチェーンの2分割あるいは脱中国化を進めざるを得なくなる。

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