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2022/6/8

総合 - ドイツ経済ニュース

ベア自粛を政府が期待、賃金物価スパイラルを強く警戒

この記事の要約

サプライチェーンのひっ迫やロシアのウクライナ侵攻、中国の厳格な新型コロナウイルス感染拡大防止策を背景とする物価高騰への対策が重要な政策課題として浮上している。ドイツではインフレで圧迫されている家計の包括的な支援策が1日付 […]

サプライチェーンのひっ迫やロシアのウクライナ侵攻、中国の厳格な新型コロナウイルス感染拡大防止策を背景とする物価高騰への対策が重要な政策課題として浮上している。ドイツではインフレで圧迫されている家計の包括的な支援策が1日付で実施された。欧州中央銀行(ECB)は主要政策金利の中銀預金金利を7月にも引き上げる見通しだ。だが、財政・金融政策だけでは効果に限界があることから、独政府は労使の協調を通してベースアップを抑制し、物価と賃金が連動しながら上昇していく悪循環の回避シナリオを描いている。

欧州では2月のウクライナ戦争勃発を受け物価高騰が加速している。ユーロ圏の5月のインフレ率は前年同月比8.1%となり過去最高を更新。ドイツは同8.7%(EU基準)に達した。

インフレ高進を受けECBのラガルド総裁は5月下旬、中銀預金金利を現在のマイナス0.5%から7月にも引き上げる見通しを明らかにした。9月末までにマイナスから脱するとしている。金利が上がれば物価の上昇圧力は弱まる。

ドイツで1日に施行された包括支援策は、補助金と税負担軽減策を組み合わせたもので、就労者や子持ち・生活保護世帯への一時金支給や、自動車燃料税の時限的な引き下げが行われている。これらの措置で購買力の目減りはある程度、相殺される。

だが、大規模な財政支援策をいつまでも続けることはできない。すでにコロナ禍が発生した2020年からドイツの財政支出は極端に膨らんでおり、長期化すれば財政が悪化するためだ。市中に出回る流動性が増えることで、インフレを助長する副作用もある。

こうした状況を踏まえ、政府は雇用者団体と労働組合が結ぶ賃金協定に強い関心を示している。物価の高騰で目減りした被用者の購買力を維持するために大幅なベースアップを行えば「賃金物価スパイラル」が発生し、高インフレの長期化リスクが高まるためだ。

オーラフ・ショルツ首相は1日に行われた連邦議会(下院)の財政論議で、現在の物価上昇はウクライナ戦争とサプライチェーンのひっ迫に伴う一時的な「ショック」に起因するものだと指摘したうえで、「そこから高インフレ率が持続化する事態へと発展しないよう注意しなければならない」と言明した。また、国債発行を通した補助金交付の恒常化は問題解決につながらないとして、基本法(憲法)に定められた債務抑制ルールを2023年度から再び順守する意向を表明した。

「協調行動」を55年ぶりに復活

ショルツ氏は高インフレが常態となることを金融、財政、賃金政策の調整を通して回避するため、「協調行動(Konzertierte Aktion)」という政策を提唱した。協調行動は政府、自治体、労組、経済団体、中央銀行がマクロ経済に影響する行為を調整することで、経済危機に対処する取り組みで、1967年に実施された。ショルツ氏はこれを55年ぶりに復活させる意向だ。労使の代表などを招待した会議を首相官邸で開催する。

同氏はロシアのウクライナ侵攻で経済の先行き不透明感が極度に高まったことを受け、賃上げ交渉を凍結し一時金の支給を取り決めた化学業界の4月の労使合意を高く評価している。一時金は一過性の物価高騰で目減りした購買力の底支えとともに、賃金物価スパイラル化リスクの引き下げにつながるためだ。経済界は協調行動提案を歓迎している。

一方、労組の反応はアンビバレントだ。インフレ圧力を押し下げることの重要性は理解しているものの、「労使協定の自律(Tarifautonomie)」を骨抜きにされることを警戒している。鉄道・交通労組EVGの役員は「(協調行動のための首相官邸での会議への)招待はそもそも、結局は賃上げ要求の抑制が期待されていることを明確に示している」と断言した。

労使協定の自律は賃金その他の協定を国家の介入を排して労使が自由に締結する権利を指す。基本法で保障された重要な権利だ。労使はこの権利に基づき、法律で定められてない業界独自のルールを約定できる。協調行動はこの権利を実質的に制限する可能性がある。

電機・自動車・機械業界では次期労使交渉が9月に始まる。金属労組IGメタルは物価高騰を受け大幅ベア要求を打ち出す方向で調整を進めており、政府の期待に沿うのは難しいとみられる。コロナ禍で過去2年間、賃上げを見合わせてきたこともあり、組合内では賃上げ要求が強い。