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2023/5/3

総合 - ドイツ経済ニュース

フィースマンの身売りは黄信号、ヒートポンプで独社は日韓勢に単独対抗できず

この記事の要約

暖房機器大手の独フィースマンが米同業キャリア・グローバルへの身売りを決めたことが、波紋を広げている。同社は業績が好調で、需要が急増するヒートポンプの生産能力増強に乗り出しているにもかかわらず、単独では日本や韓国などアジア […]

暖房機器大手の独フィースマンが米同業キャリア・グローバルへの身売りを決めたことが、波紋を広げている。同社は業績が好調で、需要が急増するヒートポンプの生産能力増強に乗り出しているにもかかわらず、単独では日本や韓国などアジアの競合との競争に伍していけない現実が明らかになったためだ。厳しい状況は他の独メーカーも同じであり、同国の暖房産業が衰退する懸念もある。政府・与党内では、炭素中立に向けた暖房規制でヒートポンプに前のめり気味なロベルト・ハーベック経済・気候相(緑の党)をけん制する発言が出ている。

暖房・冷蔵機器大手のフィースマンは4月25日、主力の暖房機器事業をキャリアに売却すると発表した。炭素中立政策を背景に急成長するヒートポンプ市場で競争力の高い日韓中の競合に自力で対抗するのは難しいことから、事業規模が各段に大きいキャリアとの統合を通して「グローバル・チャンピオン」を創出する狙いだ。

キャリアのプレスリリースによると、取引金額は120億ユーロで、そのうち80%を現金が占める。残り20%はキャリア株が当てられることから、フィースマンは取引の完了後、キャリアの主要株主となる。フィースマンは売却益の大部分を手元に残る事業に投資する。売却手続きは年内に終了する見通し。

キャリアは今回の取引により、北米と欧州の住宅・業務用暖房市場で最大手になると予想している。アジアでも昨年買収した東芝キャリアを通してプレゼンスを強化する意向だ。売上高は170億ユーロ強、従業員数は4万5,000人となる。

フィースマンは取引完了後、売上高が40億ユーロから10億ユーロ、従業員数が1万4,500人から4,000人へと大幅に減少する。

欧州では炭素中立の実現に向け暖房機器の脱炭素化が急速に展開し始めている。これを受けメーカー各社はヒートポンプの生産を相次いで拡大。フィースマンは昨年5月、グリーンな環境ソリューションに2025年までの3年間で総額10億ユーロを投資すると発表した。7月にはポーランド南西部のレグニツァでヒートポンプ工場の定礎式を行った。

独競合ファイラントはスロバキア西部のセニカに新設したヒートポンプのメガ工場で今月中にも操業を開始する予定だ。新工場の開設により同社のヒートポンプ生産能力は年50万台を大幅に上回る水準へと倍増する。今後も市場動向をにらみながら最大10億ユーロの追加投資を行う。

ボッシュも先月、ポーランド南西部のドブロミエシュにヒートポンプ工場を設置すると発表した。30年までに総額10億ユーロ以上を同分野で投資することを計画している。

FDPは暖房規制法案の修正要求

だが、急成長する欧州市場に熱い視線を向けるのは地元欧州勢だけではない。三菱電機、パナソニック、ダイキンなど日本企業や韓国のLGエレクトロニクス、サムスン電子も事業を強化している。現地生産のほか、卸売会社への売り込みや設置・サービス事業者の確保にも注力しているもようだ。インターネットを利用した暖房器具の選定・販売・設置サービスを手がける独スタートアップ企業テルモンドはレンタルサービスでLG製品を取り扱っている。

フィースマンなどの独メーカーは長年、欧州市場の主力であるガス・石油暖房に注力してきた。ヒートポンプ事業の強化に乗り出したのは比較的、最近のことだ。これに対し日韓メーカーはエアコンを通してヒートポンプのノウハウを長年、培ってきた強みを持つ。事業規模もフィースマンなどを大幅に上回っており、ドイツ勢では巨大な資金力を持つボッシュ以外、先行きが厳しいと目されている。

与党・自由民主党(FDP)のビジャン・ジルサライ院内総務はこうした事情を踏まえ、「フィースマンのケースは、ロベルト・ハーベックの性急で複雑な暖房転換政策がドイツ経済に悪影響をもたらしかねないことを示している」と明言。ハーベック氏が中心となって作成した暖房規制法案は連邦議会で修正されなければならないとの認識を示唆した。クリスティアン・リントナー財務相(FDP党首)はハーベック氏に、キャリアによるフィースマン買収計画を入念に吟味するよう要請。ハーベック氏は、「我々はこの計画を予定されている審査手続きの枠組みで吟味し、このプロジェクトが我が国の経済とドイツの立地に寄与するよう売却者(フィースマン)および投資家(キャリア)と協議する」との声明を発表した。ただ、暖房はドイツの安全保障に影響する分野ではないため、貿易政令に基づく経済省の審査で取引が禁止されることは考えにくい。Ifo経済研究所のクレメンス・フュスト所長は『フランクフルター・アルゲマイネ』紙に、「(経済省は)これ(取引)を審査はできるが、禁止する理由はない」と断言した。