英政府は21日、欧州連合(EU)と締結した離脱協定のうち、英領北アイルランドとEU加盟国アイルランドの自由な通商を維持するため設けたルールの大幅な見直しをEUに求めると発表した。北アイルランドで英本土から流入する物品の通関手続きが必要となったことに伴い、物流混乱の問題が生じているためだ。しかし、EU側は応じない方針で、英の離脱を機に冷え込んでいる双方の関係が一段と悪化するのは避けられない見通しだ。
同方針は英国で対EU交渉を担うフロスト内閣府担当相が上院で発表した。離脱協定の「北アイルランド議定書」での取り決めを見直し、英本土と北アイルランドの間の通関手続きを不要とすることなどを求める。
EUと英国が2019年10月に合意した離脱協定には、北アイルランドとアイルランドの紛争に終止符を打った1998年の和平合意に基づいて北アイルランド議定書が盛り込まれ、英の離脱後も北アイルランドとアイルランドの間に物理的な国境を設けず、物流やヒトの往来が滞らないようにすることが決まった。北アイルランドが事実上、EU単一市場と関税同盟に残ることで、通関が北アイルランドとアイルランドの間では行われないようにする。その代わりに、英本土から北アイルランドに流入する物品については国内の移動であるにもかかわらずEUの規制が適用され、通関・検疫が必要となった。
このため、北アイルランドでは英国が完全離脱した1月から、物流の混乱が生じている。英政府は北アイルランドのスーパーなどに英本土から入る食品などの複雑な通関・検疫手続きを免除する「猶予期間」を3月末から10月1日まで延長すると一方的に宣言。また、英国本土から北アイルランドへのソーセージなど冷蔵食肉製品出荷に関する規制の適用停止を3カ月延長し、9月末までとすることでEUと合意するなど、一時しのぎで対応してきた。
しかし、英政府は恒久的な解決が必要として、議定書の見直しに向けた交渉をEUに求めた。具体的には、本土から北アイルランドに入る物品のうち、北アイルランド経由でアイルランドなどEUに輸出されるものだけを通関・検疫手続きの対象とすることを目指す。交渉が決着するまで猶予措置を継続することも提案する。
アイルランドと北アイルランドの国境に税関、入国管理施設などを設けずに、いかにして通関、出入国の管理を円滑に行うかは離脱協定をめぐる交渉で大きな焦点となった。最終的に北アイルランドをEU単一市場に残すという落し所しか見つけることはできなかった。
EU側は英本土から北アイルランドに流入する物品に通関手続きが生じることは分かっていたことで、それを承知で英国は離脱協定を批准したとして、物流の混乱は英国側に責任があると主張。欧州委員会のシェフチョビチ副委員長は21日に発表した声明で、英政府が求める問題解決に向けた協議には応じるものの、「議定書の枠内」での個別の解決を模索するとして、議定書そのものの見直しは受け入れない意向を表明した。欧州委のフォンデアライエン委員長も22日、同方針を確認した。
離脱協定には不測の事態が生じた際、英国またはEUが一方的に、取り決めの一部を履行しないことを認める特別条項がある。EU側は北アイルランドをめぐる問題は不測の事態に当たらないという立場だが、英政府はEUが再交渉に応じなければ同条項に基づく権利を行使する構えを示しており、双方の関係が根本から揺らぐ恐れが出てきた。