脱炭素社会の実現に向けた取り組みを推進してきた欧州で、石炭火力発電の稼働を増やす動きが広がっている。ロシアが天然ガスの供給を減らして欧州諸国に揺さぶりをかけていることが背景にあり、ガス消費を抑えるための措置だが、EU加盟国が相次いで石炭回帰の方針を打ち出したことで、世界的に脱炭素化の取り組みが後退する恐れがある。
ドイツのハーベック経済・気候保護相は19日、暖房需要が高まる冬場に向けてガスの備蓄を増やすため、代替策として一時的に石炭火力発電を拡大する方針を発表した。年内の稼働停止を予定していた発電所の利用などを計画しており、必要な法整備を進める。
ロシア国営ガスプロムは15日、バルト海の下を通る海底パイプライン「ノルドストリーム」経由でドイツに送る天然ガスの供給量を通常より6割削減すると通告した。ドイツ政府によると、16日から実際に供給量が6割減っており、フランスなど周辺国にも影響が出ている。
ドイツのガス貯蔵率はロシアがウクライナに侵攻した2月下旬の約30%から現在は60%弱まで上昇したが、ロシアからの供給途絶に備えて10月までに80%、11月には90%まで引き上げることを目指す。
ショルツ政権は2022年末までに脱原発、早ければ30年までに脱石炭を完了し、35年にはほぼすべての電力を再生可能エネルギーで賄うとの目標を掲げており、石炭火力発電の拡大はこうした取り組みに逆行することになる。環境政策を重視する緑の党で昨年まで共同党首を務めたハーベック氏は声明で、「つらい決定だが、ガスの消費を減らすために必要な措置だ。(冬までに)できるだけ多くのガスを備蓄する必要がある」と強調。「天然ガスの供給を減らして欧州諸国に揺さぶりをかけるプーチン大統領の戦略を許すことはできない」とロシアを強く非難した。
ドイツはウクライナ侵攻前、ガス需要の55%をロシアからの輸入に頼っていた。その後はエネルギー安全保障の観点から、ノルウェーやオランダなど他の国からの輸入を拡大してロシア依存からの脱却を図っており、現在はロシア産ガスが全体に占める割合は35%まで低下している。
一方、オランダ政府も20日、ロシアからのガス供給削減に対応するため、石炭火力発電を拡大する方針を発表した。脱炭素化に向けてこれまで発電所の稼働率を35%に制限していたが、冬場に備えてただちに制限を解除し、フル稼働を可能にする。
ガスプロムは5月、オランダのガステラがルーブル建てでの代金支払いに応じなかったことを理由に、同国へのガス供給を停止した。イエッテン気候・エネルギー政策相は声明で、現時点では深刻なガス不足に陥っていないものの、冬場に向けて状況が悪化する恐れがあると指摘。「ロシアへの依存を断ち切ることで、プーチン政権に流れる戦争遂行の資金を減らすことができるだろう」と強調した。
このほかオーストリア政府も19日、現在は稼働していない予備のガス火力発電所を石炭火力発電所に改造することで現地の電力会社と合意した。南部メルラッハの同施設はオーストリアで最後に残った石炭火力発電所として20年4月まで稼働していたが、「脱炭素」を実現したことで閉鎖後は火力発電所に改造されていた。