ウクライナのコメディアンで人気俳優のボロディーミル・ゼレンスキー氏(41)がテレビドラマで演じるのは、汚職には目もくれず、怪しげなビジネスマンたちに抗していく清廉潔白な大統領だ。そんなフィクションの役回りが、ひょっとしたら現実のものとなるかもしれない。今月31日に投票が行われる同国の大統領選挙の候補者レースで、同氏がトップを独走しているのである。
調査会社SOCISの最新の調査結果によると、ゼレンスキー氏の支持率は20%で、現職のペトロ・ポロシェンコ大統領(53)の13%、元首相のユーリヤ・ティモシェンコ氏(58)の10%を大きく引き離している。
有権者が期待するのは、終わりの見えない東部での紛争や低迷したままの経済、蔓延する政治腐敗からの脱却だ。しかし、5年前に親ロシア政権を崩壊させた「マイダン(独立広場)革命」を経て、希望の担い手として権力の座に就いたポロシェンコ大統領は必要な改革を進められず、「期待外れ」の烙印を押されている。
ドラマの中のゼレンスキー氏は「公僕」たる歴史教師だ。ウクライナの現状について熱弁をふるい、腐敗した政治家連に対決を挑んだ末に成り行きで大統領の座に辿り着く。彼の役柄は、1991年の独立以来多くの視聴者が望んできた大統領像を具現化したものと言える。
同氏の人気は、政治エリートへの異議申し立てとポピュリスト(大衆迎合主義者)の躍進という世界の傾向に合致する。ちょうどイタリアのコメディアンで、五つ星運動を立ち上げたベッペ・グリッロ氏を彷彿とさせる。ウクライナの政治家でジャーナリストのレシュチェンコ氏はゼレンスキー氏について米国のトランプ大統領を引き合いに、「2人はどちらも夢を売るテレビスターだ。(・・・)人々は旧来の「政治カースト(の上位層)」にうんざりしている」と指摘する。
2004-05年のオレンジ革命の主役で、20年以上同国の政界を生き抜いてきたティモシェンコ元首相を支持する有権者も少なくない。同氏はこれまで2度、大統領選挙に敗れており、3度目の雪辱を期して選挙戦に臨んでいる。ゼレンスキー氏はティモシェンコ氏と異なり全くの政治素人だが、逆にそれを強みに変えている。ロイター通信のインタビューで、他の候補者との違いを聞かれた同氏は「私はいかなる政治色にも染まっていない」と述べて自身の「フレッシュさ」を強調した。
一方、同氏の政策には疑問符が付く。同氏は(自分が大統領に当選すれば)ウクライナは国際通貨基金(IMF)からの巨額融資に頼らなくて済むようになると主張するが、どうすることでそうできるのかは説明していない。政治腐敗と闘い、紛争を終わらせるとの大風呂敷を広げるものの、具体策は示さない。
同氏は俳優業以外にも複数のテレビ番組で司会業をこなしている。人気の理由について「私のオープンさと傷つきやすさ、怒れる姿勢にみんな共感し、自分を重ねているんだ」「カメラの前で気持ちを隠したりしないし、自分をよく見せようともしていない。知らないこと、わからないことがあれば、きちんとそう言う」と話す。
ゼレンスキー氏については、ウクライナの大物オリガルヒ(新興財閥)のイホール・コロモイスキー氏の操り人形に過ぎないのではないかとの見方がある。コロモイスキー氏は全国ネットのテレビ局「1+1」オーナーで、ゼレンスキー氏は同局の番組の「顔」だからだ。無論、ゼレンスキー氏はコロモイスキー氏との関係について潔白を主張しているが、オリガルヒが政財界に強い影響力を持つ同国にあって一点の曇りもないと言えるかどうか。ゼレンスキー氏は「私は狂ってはいない。人生や名声を棒に振る真似はしたくない」と強調するが、コロモイスキー氏の意に沿わないことはできないと言っているようにも聞こえる。