スイスの銀行口座を利用して脱税してきた納税者の情報をドイツの税務当局が買い取るよう打診されている問題で、独政府は取引に応じる方針を固めた。メルケル首相は1日、「脱税すれば罰せられることは分別があれば誰でも分かるはずだ」と述べ、情報の取得に意欲を示した。ただこの情報は違法に入手された経緯があるため、与党内には取引への反対意見もある。また、情報を実際に買い取るとスイスとの関係が悪化し、両国が現在進めている租税協定交渉が棚上げになる恐れもある。
\情報買い取りを打診されていることは1月29日に明らかになった。メディア報道によると、税務当局はスイスの銀行に脱税による隠し資産を持つドイツの納税者1,500人の情報を250万ユーロで売却したいと持ちかけられ、サンプルとして5人分の情報を受け取ったという。5人の脱税額はそれぞれ100万ユーロを超え、1,500人の合計額は同1億ユーロに上るもようだ。
\スイスのどの銀行かについては様々な観測があり、定かでない。英『ファイナンシャル・タイムズ』紙はスイスにある英HSBCのプライベートバンク子会社、HSBC Private Bankと報道した。地元スイスのUBSとクレディ・スイスの名も挙がっている。
\報道を受け、スイスの金融機関にはドイツ人顧客から問い合わせの電話が殺到している。質問の内容は当該情報のなかに顧客自身のデータが含まれているかどうかという1点に尽きるようだ。捜査が始まる前に自首すれば刑罰を免除されるという事情が背景にある。政府は情報の流出元である銀行の名前を伏せているため、脱税者の不安は大きい。心理的な揺さぶりをかけることで該当する銀行以外に隠し口座を持つ者も自首させる狙いとみられる。
\ \「情報購入に問題なし」=財務相
\ \情報を購入することへの批判があるのは、違法な手段で入手した証拠を無効とする刑事訴訟法上の原則(違法収集証拠排除法則=Beweisverwertungsverbot=)があるためだ。買い取った情報が裁判で無効となれば、民主主義国家としてのドイツのイメージは傷つきかねない。
\それにもかかわらず政府が買い取り方針を固めたことには理由がある。
\まずは、脱税による税収の目減りに対しこれまで有効な対策を打てずにきたということだ。例えばシュレーダー政権(当時)は2002年、国外に資金を隠し持つ資産家に対し脱税の事実を04年6月末までに申告すれば25~35%の軽減税率を適用する特例を打ち出したが、これに応じた者はごくわずかだった。
\違法な手段で得られた情報であっても政府が買い取る姿勢を明確に示せば、新たな情報提供者が次々と現れ、脱税の摘発が進むほか、抑止効果も期待できる。
\富裕層の脱税に対しては一般市民の目も厳しく、政府はこれを追い風にできるという事情もある。日刊紙『フランクフルター・アルゲマイネ』紙がネットユーザーを対象に実施した簡易アンケート調査では情報買い取りに賛成した割合が54%に上った。
\このほか、同様の手段で入手した情報をもとにリヒテンシュタインの銀行に隠し口座を持つ脱税容疑者数百人を摘発した2年前の事件も今回の政府判断を後押ししたようだ。
\この事件ではドイツポストのツムヴィンケル社長(当時)などに執行猶予付きの有罪判決が下されたが、違法収集証拠排除法則を根拠に裁判証拠の無効性を訴える訴訟を起こした被告は少ない。脱税に反省の意を示して捜査に協力すれば量刑が軽くなるという事情があるためだ。
\ショイブレ財務相は2日、『アウグスブルガー・アルゲマイネ』紙に対し、リヒテンシュタイン口座事件では違法収集証拠排除法則が裁判で適用されたケースは1件もないと指摘したうえで、「法務省の見解でも情報購入に法的な問題はない」との立場を明らかにした。
\ \スイスは捜査協力拒否の方向
\ \スイスは昨年まで、国外当局の脱税捜査への積極的な協力を拒んできた。タックスヘイブンとしての地盤沈下につながるためだ。ただ、脱税の温床であるタックスヘイブンへの国際的な締め付けが強まったことを受け態度を軟化。UBSの銀行口座を利用して脱税してきた米国納税者4,450人の情報を同国の税務当局である内国歳入庁(IRS)に提供する協定を結んだ。
\ドイツとの間でも脱税捜査協力の敷居を低くする方向で二重課税防止協定の改正交渉が進んでおり、次の協議は3月に予定されている。だが、独政府が違法な手段で得られた口座情報を買い取る意向を示したため、スイス側が交渉で態度を硬化させる恐れが出てきた。ショイブレ財務相と電話会談したスイスのメルツ財務相は、違法入手情報に基づく捜査協力要請には応じない考えを伝えた。
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