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2010/6/2

総合 - ドイツ経済ニュース

ケーラー大統領が突然の辞任、メルケル政権の求心力低下に懸念

この記事の要約

ドイツのホルスト・ケーラー大統領は1日午後の記者会見で即時辞任を表明した。国防軍の国外派兵をめぐる大統領発言への批判の結果、「私の職務に必要な尊敬の念が失われたため」と説明。「大統領としてドイツに奉仕したことを光栄に思う […]

ドイツのホルスト・ケーラー大統領は1日午後の記者会見で即時辞任を表明した。国防軍の国外派兵をめぐる大統領発言への批判の結果、「私の職務に必要な尊敬の念が失われたため」と説明。「大統領としてドイツに奉仕したことを光栄に思う」との言葉を最後に同席した夫人とともにその場を去った。次期大統領は6月30日に選出される予定で、それまでは憲法(基本法)の規定に基づきイェンス・ベールンゼン連邦参議院議長(ブレーメン州首相)が大統領の職務を代行する。大統領の突然の辞任は低迷するメルケル政権にさらなる打撃となりそうだ。

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ケーラー大統領は5月下旬、中国から帰国する途中に国防軍が駐留するアフガニスタンを訪問。その際のメディアインタビューで、国外派兵を貿易大国ドイツの経済的な利害と結び付けていると解釈できる発言を行った。

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これを受け、野党からは軍事的な圧力を外交手段に利用する「砲艦外交」ではないのかといった批判が噴出。政府与党の政治家も距離を置く態度を取ったため、大統領は孤立感を抱いたようだ。

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退任声明は「憲法の裏付けのない国防軍の投入を私が支持しているという批判には根拠がない」としたうえで、この批判により大統領への尊敬の念が失われたため「即日付で退任を表明する」と文章を展開しており、行間には不快感がにじみ出ている。

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ケーラー氏は2004年、当時野党だったキリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)と自由民主党(FDP)の支持を受けて大統領に就任した。CDUのメルケル党首(現連邦首相)とFDPのヴェスターヴェレ党首(現外相)がケーラー氏を担ぎ出したとされる。だが、大統領がメルケル首相とヴェスターヴェレ外相に辞意を伝えたのは退任会見のわずか2時間前で、ここからもメルケル首相らへの不信感がうかがわれる。

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政治経験不足があだに

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ケーラー大統領は就任当初から、独自色を打ち出すことに意欲を示していた。それまでの大統領が具体的な政策形成に直接関与するのを避け、国のモラルを代表する賢人としての役割を担ってきたのに対し、政治への影響力を憲法の範囲内で最大限行使することを目指していた。

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こうした姿勢を反映するように、議会で成立した法案への署名を拒否した回数は2回と多い。戦後の歴代大統領8人の合計は6回にとどまる。また、構造改革に取り組むシュレーダー首相(当時)が国内総生産(GDP)を引き上げるため、ドイツ統一記念日を10月3日から10月最初の日曜日に変更しようとした際は、これを強く批判し撤回させた経緯がある。

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現実政治に関与する度合が高まれば、党派性が強まり、批判を受ける確率はおのずと高まる。ものごとを客観的にみる能力があれば、そうしたことは事前に予想できたはずである。

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それにもかかわらず、批判を理由に突然辞任したのはどうしてだろうか。現時点で入手できる情報を総合すると、2つのこと理解のカギになるとみられる。

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ひとつは、大統領に就任するまで政治畑を歩いてこなかったことである。ケーラー氏はドイツ統一やユーロ導入に財務省の高官として深く関与し、その後も国際通貨基金(IMF)の専務理事を務めた経歴があるものの、選挙を通した有権者の審判やメディアの批判、他の政治家との駆け引きなど政治家を鍛え上げる試練をほとんど経験したことがなかった。つまり、今回のような批判に対し柔軟に対応する政治家としての能力を身につけていなかったのである。ケーラー大統領の伝記を著したゲルト・ランググート氏は『フランクフルター・アルゲマイネ』紙のインタビューに対し、大統領の職務はケーラー氏の身の丈を超えていたとの厳しい判断を示した。

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ケーラー氏が短気だということも大きなマイナス要因となった。大統領をサポートする有能な人材が嫌気をさして離れていってしまったためのだ。ドイツのメディアでは国外派兵発言以前から、職員が大統領府を次々と去っている事実が報道されていた。身の回りの職員からも浮いた存在になっていたのである。

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メルケル首相最大の危機に

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CDU/CSUとFDPからなる現政権は昨年秋の成立以降、与党内の政策調整がつかず、支持率が急速に落ち込んでいる。ユーロ加盟国の財政問題への対策でも欧州連合(EU)内で孤立しており、内政と外交にはともに閉塞感が漂う。経済政策で高い手腕を持つヘッセン州のコッホ首相(CDU)は5月25日に政界からの退任方針を明らかにしており、今後の人材不足も懸念される。

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ドイツ国民に間では現在、財政の悪化したユーロ加盟国に巨額の支援をすることへの不安が高まっている。金融・財政の専門家であるケーラー大統領はこうした懸念を拭い去るのにもってこいの人物だったが、そうした役割を果たすことなく辞任した。

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2005年の就任以来、国民の高い支持を受けてきたメルケル首相はこのところ、人気が急速に落ち込んでいる。山積みとなった課題に今後どう対処していくかは2期目に入った同首相の試金石となりそうだ。

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