欧州連合(EU)司法裁判所(ECJ)は昨年11月の判決で、法律で定められた年次有給休暇の期限内に被用者が取得を申請しなかった場合は、有給休暇の取得権が例外なく自動的に失効するとしたドイツの判例はEU法に違反するとの判断を言い渡した(本誌11月14日号を参照)。ドイツの最高裁である連邦労働裁判所(BAG)はこれを受けて法解釈を変更したので、ここで取り上げてみる(訴訟番号:9 AZR 541/15)。
今回の裁判はマックスプランク研究所に勤務していた日本人研究者が同研究所を相手取って起こしたもの。同研究者は2013年12月末付で退職する際、消化しなかった2012年、13年の年次有給休暇、合わせて51日分を金銭に換算して支給するよう要求した。雇用関係が終了したために消化できなかった有給休暇は金銭に換算して支給されるとしたドイツの有給休暇法(BUrlG)7条4項の規定に基づくもので、総額1万1,979.26ユーロの支給を求めた。
これに対し同研究所は、未消化の有給休暇をすべて消化するよう退職の2カ月前に電子メールで本人に要請したとして(同研究者は研究所側のこの主張を否認している)、要求を拒否したことから、裁判となった。
BAGはこの係争がEU法にかかわると判断してECJの判断を仰ぎ、ECJは昨年11月に判決(訴訟番号:C-684/16)を下した。ECJの裁判官は同判決で、有給休暇の取得期限内(ないし雇用関係の終了前)に被用者が有給休暇を申請しなかった場合は有休取得権ないし現金換算支給の請求権が自動的に失効するルールは原則的にEU法に違反すると言い渡した。
裁判官はその根拠として、被用者は雇用主に対して弱い立場に置かれていることを指摘。雇用主に対し権利を主張すると不利益を被る恐れがあると心配し権利の行使を控える可能性があるとの判断を示した。
一方、有給休暇を期限内に消化するよう雇用主が明確に促したにもかかわらず、被用者が自らの意思で取得しなかった場合については、有休取得権と現金換算支給の請求権が失われるとの判断を示した。そうした被用者の姿勢は働く者の安全と健康を守るというEU有給休暇ルールの目的に合致しないためだと説明した。
BAGの裁判官はこの判断を踏まえて、有給休暇の取得権(ないし現金換算支給の請求権)が失効するのは、雇用主が被用者に対し(1)未消化の有休の取得を促す(2)取得期限内に消化しないと有休取得権(現金換算支給の請求権)が失効することを明確かつ適切な時期に伝える――という措置を取った場合に限られるとの判断を提示。被用者が有休を申請しなかった場合は取得権ないし現金換算支給の請求権が自動的に失効するとした従来の法解釈を改めた。
BAGは新しい法解釈に基づいてミュンヘン州労働裁判所が下した二審判決を破棄し、裁判のやり直しを命じた。(1)と(2)の義務を被告が果たしかどうかを明確にしたうえで判決を下すよう指示している。
BAGの広報担当者はメディアの問い合わせに「被用者はすでに失効したと思っていた有給休暇の請求権が現在なお有効かもしれないことを調べることができる」と述べた。このため、消化できなかった過去の有給休暇の権利を雇用主に請求する被用者が今後、出てくる可能性がある。
BAGは今回の判決で、有給休暇の期限内消化を伝えなければならない「適切な時期」が具体的にいつなのかを明確化しなかった。法律家の間からは、有給休暇の取得権が毎年、原則的に12月末で失効するとしたBUrlG7条3項の規定を踏まえ「遅くとも9月末まで」(ノートン・ローズ・フルブライト法律事務所の弁護士)との見方が出ている。「11月や12月では遅すぎる」(デントンズ法律事務所の弁護士)という。雇用主や人事部はBAG判決と、こうした弁護士の見解を踏まえ、全社員の有給休暇の取得状況をチェックし、完全消化できない可能性がある被用者がいる場合は早い段階で期限内の完全消化を促す必要がある。「言った」、「聞いてない」といった争いが後々、起きないよう、伝達の際は口頭でなく文書で伝えることも重要だ。